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<名取・ゼンシン>サッカーで生きる力を 発達障害児童向けに教室開催 事業の全国展開目指す

倉庫を活用した専用のピッチでサッカーに取り組む子どもたち=名取市
前田 忠嗣社長

 宮城県などで少年サッカークラブを運営するゼンシン(名取市)は、発達障害のある児童向けのサッカー教室に力を入れている。放課後等デイサービス事業の一環として取り組み、サッカー技術だけでなく、周囲を気遣う社会性と生きる自信を育てるのが狙い。「誰でも夢を持てる世の中づくりに貢献したい」。前田忠嗣社長(49)は事業の全国展開に乗り出した。
 平日の夕方、名取市の倉庫を改修したピッチに、子どもたちの声が響く。発達障害や自閉症の小学生から高校生まで毎日約10人が集まり、4〜5人の指導員と共にドリブルやパス、試合形式の練習に取り組む。
 「お話するときは目を見ること」「挑戦すれば楽しくなる」。指導員が語り掛けると、子どもたちのプレーに熱がこもる。市内や周辺自治体から約40人がそれぞれ週2〜3回通う。何人かは土曜の本格的な練習に参加し、遠征もする。
 ゼンシンは1996年、前田社長が設立。運営する少年チーム「アバンツァーレジュニアサッカークラブ」は宮城と山形に拠点を持ち、全国大会7度出場を誇る強豪に成長している。
 転機は2011年だった。東京電力福島第1原発事故の影響で、当時運営していた福島市のクラブが解散に追い込まれた。前田社長は無力感の中、「もっと社会に貢献したい」との思いを抱く。知人の紹介で13年、視覚障害と自閉症の当時19歳の女性=仙台市=を雇用することになった。
 当初は会話も難しかった彼女をどう受け入れるか。スタッフとの議論で、気付きがあった。「サッカーでも、コミュニケーションが取れずやめていく子がいた」。心の問題を抱える子どもにもっと目を向けようと14年、発達障害などの児童を対象に、サッカー教室を組み込んだ放課後等デイサービス事業を始めた。
 心掛けたのは、さまざまな子がみんなで楽しめる内容にすること。感覚と動作が一致する「感覚統合」を促す考え方も取り入れた。児童はまずシュートの爽快感を覚え、仲間と体をぶつけるうちに周囲への気遣いもできるようになった。
 仙台市鶴谷特別支援学校高等部1年の佐藤傑(すぐる)さん(15)は開設時からのメンバー。ダウン症で知的障害もあるが、サッカーにのめり込んでいる。母の寿子さん(51)は「得意なものができて表情が明るくなり、気持ちの切り替えも鍛えられた。味方にパスを出し、時には人に頼っていいことも学べたのかもしれない」と、成長に目を細める。
 ゼンシンは事業拡大に着手。昨年までに仙台市泉区と山形市、沖縄県名護市に教室を開設し、9月には同県うるま市にも開く。目標は全国200カ所。就労支援事業所などに出向き、連携を働き掛けている。
 前田社長は「事業への共感を広げながら教室を増やしていきたい。サッカーを通じて、多くの子どもたちに生きる力を身に付けてほしい」と思い描く。

◎自分らしい生き方後押し 前田社長「姉の存在原動力に」

 ゼンシンは2015年、名取市に就労支援事業所「テラグラッサ」を立ち上げた。サッカー教室の取り組みを入り口にして、障害者支援を幅広く手掛ける。前田社長の背中を押すのは、視覚障害がありながら自分の意志で生きる3歳上の姉の存在だ。
 前田社長は北海道出身。就職した大手学習塾時代に仙台市へ転勤し、その後会社を立ち上げた。20年ほど前、東京都内で就職した姉がマンションを買うという。故郷の両親は猛反対。説得を頼まれた前田さんが姉の元に向かった。
 「私が実家に戻ったら、友だちに会いたいときも買い物したいときもいつでも連れて行ってくれるの?」
 姉は強い口調で反論した。都会に住み、自由に出掛ける生き方を選んだ姉を、自分は鳥籠に押し込もうとしていた。前田社長はそう気付かされたという。
 13年、視覚障害と自閉症の女性を雇用した。視覚支援学校を出ていたが、他に受け入れ先がないようだった。「姉のように、自分らしく生きるための後押しをするのが自分の使命」と思った。女性は現在、企業の依頼で名刺に点字を打つ業務に携わる。
 事業所は名取市内の農地でワイン用のブドウの栽培も始めた。利用者が手掛けたブドウを使い、初めてのワインが間もなく完成する。前田社長は「障害者の自立をワンストップで支援する体制をつくりたい」と、将来はグループホームの運営も構想している。


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2019年06月21日金曜日


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