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<せんだい進行形>藤崎創業200年 時代は令和へ

平成最後、創業200年の幕開けににぎわいを見せた初売り=1月2日
パルポーの売り場で商品を手にする小崎さん=藤崎本館
入社式を終えた新入社員らとの記念撮影に笑顔で臨む藤〓社長(前列中央)=3月31日

 100万都市仙台は、ヒト・モノ・コト・カネがダイナミックに動く。仙台経済圏のトレンドや旬の話題を掘り下げる金曜日の新コーナー「ing せんだい進行形」。初回は特別編として東北を代表する百貨店、藤崎を特集する。藩制時代の仙台城下に産声を上げ、今年は創業200年。顧客第一、創意実行、地域発展を掲げ、経営環境の激変や災害といった難局を乗り越えてきた。時は折しも平成から令和へ。時代を超えて杜の都に根を張る老舗百貨店の今を紹介する。(報道部・水野良将)

◎地域と歩み 変化に対応

 新元号の令和が始まって3週間余りの5月23日、藤崎は人気の化粧品に焦点を当てた電子商取引(EC)サイトを開設した。
  
<バトンつなぐ>
 化粧品13ブランド、フレグランス9ブランドの商品計約1500点が対象。顧客はサイトで、藤崎本館(仙台市青葉区一番町)1階の売り場で販売する商品を注文。配送に加え、青森を除く東北5県の計17の小型店舗で受け取れる。
 従来は売り場の販売員が電話で注文を受け、小型店舗に取り次いでいた。営業企画部の高橋伸介さん(38)は「年間数千件の利用実績があるサービスをオンライン化することで店頭の接客時間を増やし、誘客につなげる。実店舗の強みとECの利便性を掛け合わせたい」と説明する。
 情報技術の革新は近年、購買行動に大きな影響を及ぼしている。経済産業省によると、2017年の消費者向けECの市場規模は16兆5000億円。10年の2倍以上に膨らんだ。
 藤崎もEC強化に着手し、既に食品ギフトを中心に約1500点を取り扱う。物産展や返礼用のハンカチなどを対象にインターネット予約サービスも実施し、18年度のEC売上高は15年度の3倍に増えた。
 小野寺宣克常務(59)が語る。「諸先輩が築き上げてきた信頼、歴史のバトンを受けて時代の変化に対応していきたい」
  
<消費志向激変>
 藤崎は1819(文政2)年、大町に開業した太物商(木綿商)が始まり。1912(明治45、大正元)年に株式会社「藤崎呉服店」を設立、30(昭和5)年に「藤崎」に社名変更し、本格的な百貨店経営に乗り出した。
 戦後の高度成長期から平成初めのバブル期にかけ、業績は右肩上がりだった。売上高は50年代の10億円台が90年代には500億円台に達した。70代の藤崎OBは「ブランド品がどんどん売れ、同僚と『給料は10年で倍になるな』と話していた」と明かす。
 バブル崩壊後は消費マインドが冷え込み、売り上げが大幅に減少。2008年のリーマン・ショックで消費不振が一段と深刻化した。売り上げの構成比も変遷し、以前は衣料品が6割近くを占めたが、現在は3割程度に減少。食料品が衣料品と並ぶ主力となり、雑貨も伸びている。
 営業推進部の斎藤重禎ゼネラルマネージャー兼本店長代行(59)は「入社した1980年代と比べ、消費者の志向や生活スタイルが大きく変わった。古いものに固執せず新しいことに挑戦し、お客さまに合ったサービスや商品を提供していくことが大切だ」と話す。

<若手 原動力に>
 環境の激変に対応し、生産性向上や事業構築につなげようと、藤崎は2018年度、30代の従業員3人でつくる「未来創造ラボ」を経営企画部内に発足させた。
 実践した取り組みの一つに、「ロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)」がある。従業員が担っていた定型業務をパソコンのソフトウエアが代行し、自動化する仕組み。中元や歳暮の商品情報登録、ECサイトの受注処理などに導入し、人的作業計約900時間を削減した。
 ラボの根本雄二さん(36)は「百貨店業界での先例が少ない中、予想以上の業務に適用できた。私たちがリソースを投入すべき業務は何か、従業員に意識の変化をもたらした価値は大きい」と強調する。
 激動の昭和、平成を経て令和へ。藤崎の歴史や実情に詳しい東北大史料館の加藤諭准教授(40)は「藤崎は地域と寄り添い、信頼感がありつつも変化し続けてきた。それこそが200年の強みであり、次の時代に歩みを進める原動力になるはずだ」と指摘する。

◎誇り胸に再起誓う 3月11日で一度ついた区切り。復興の力に

 「藤崎はこの3月11日で一度、区切りがついた。新しい藤崎づくりに向けて、全力を尽くしていきたい」
 東日本大震災発生から5日後の2011年3月16日、仙台市青葉区一番町の藤崎事務館大会議室。藤〓三郎助社長(70)は役員や従業員ら計約40人に再起を呼び掛けた。
 1989(平成元)年の4代目社長就任以来、最大級の困難に直面していた。地震で事務館に隣接する本館は建物や食品、食器などに大きな被害を受け、塩釜店(塩釜市)や気仙沼店(気仙沼市)は津波で浸水。3月の売り上げは前年の約4割に落ち込んだ。
 従業員らは震災直後から本館近くの路上に立ち、食料品や衣料品を販売。3月19日に本館や大町館の一部で営業を再開し、4月22日には全館をオープンした。
 当時、従業員の一人だった大内利通・東北百貨店協会事務局長(60)は「地元の百貨店としての役目を全うしたいとの一心だった」。藤崎は仙台空襲(1945年)、宮城県沖地震(78年)でも短期間で営業を再開し、復興に貢献した歴史がある。
 被災した取引先も少なくない。気仙沼市の洋菓子店「パルポー」は、津波で本社など3カ所の店舗や工場が全半壊。唯一残った工場兼店舗で市民にパンや菓子を無料で提供し、自社再建と被災者支援に奔走した。
 2カ月半後の6月1日、本館地下1階のショーケースに、パルポーの洋菓子が再び並んだ。小野寺恵喜社長(71)は「藤崎さんは『スペースを空けて待っています』と信じてくれた。義理を欠くことなく商品を納められた」と感謝する。
 藤崎販売促進部の小崎佑介さん(38)は2015年、パルポーと中元商品企画で連携。販売数は4桁近くに上った。小崎さんは「気仙沼を思う小野寺社長の心に共感し、被災地を応援する思いが詰まった商品になった」と語る。
 震災後は復興需要や消費回復、15年の仙台市地下鉄東西線開業も誘客を促し、売上高は400億円台を維持する。一方、流通競争激化や人口減少による市場縮小を背景に、東北では百貨店の閉店が相次ぐ。
 藤崎OB、OGでつくる「藤輝・藤華会」の佐々木晧二会長(75)は「これからの時代は今まで以上に努力しなければ足をすくわれる。お客さまとの触れ合いを一層大事にしてほしい」と望む。
 藤〓社長は言う。「創業200年はゴールではなく一つの通過点。さらに市民や県民のお役に立ちたい」。「地域一番店」の誇りを、時を超えて引き継いでいく。

(※)〓は崎の大が立の下の横棒なし


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2019年06月07日金曜日


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