宮城のニュース

<ベガルタ>ピッチサイド/縁

 ユアスタのピッチに懐かしい顔があった。
 3日の天皇杯2回戦。対戦相手のJFL・FC大阪和田治雄監督は、過去2度仙台に籍を置いている。
 最初は1997年。まだブランメルと名乗っていた頃、東欧スロベニア出身のエルスナー監督のコーチ兼通訳として在籍した。2度目は2003年秋。初めてのJ1で降格争いに巻き込まれて清水秀彦氏が解任され、後任のベルデニック氏と共に仙台に戻ってきた。
 自身は神戸大卒業後、スロベニアにコーチ留学したキャリアを持つ。当時はスロベニア語の和訳辞書がなく、英語に一度訳してから日本語にして理解するという気の遠くなるような作業を積み重ねたと聞いた。知将が眉間にしわを寄せるような質問も、きちんと訳してくれる誠実な人だった。
 試合は1−4で負けたが、スコアほど内容に差はない。敵将として臨んだユアスタのピッチ。「JFL勢として恥ずかしくない試合ができた」と振り返った。
 FC大阪はガンバ、セレッソに次ぐ大阪第3のJリーグクラブを目指している。和田監督は言う。
 「仙台もブランメルの頃はJFLだったが、J1にずっといられるチームに成長した。その過程を見てきたので、具体的な目標となるクラブだと思っている。いつか自分たちも逆の立場になり、Jリーグ入りを目指すクラブを迎え撃てるようになりたい」
 コーチ時代に入団した梁勇基がこの日フル出場し、試合後は長い握手を交わしていた。一つのサッカーボールは、無限の物語を紡ぎ出してくれる。
(安住健郎)


2019年07月05日金曜日


先頭に戻る