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<参院選宮城 劇動>決戦の実像(下)死闘の果て 18年の実績、地域に響かず

敗戦を受け、支持者に頭を下げてわびる愛知氏=22日午前0時35分ごろ、仙台市青葉区の事務所

 「私の力不足。本当に申し訳ありませんでした」
 仙台市青葉区の自民党県連で22日にあった執行部会。居並ぶ幹部を前に、敗北を喫した党現職愛知治郎氏(50)は深々と頭を下げた。

<電話作戦を拒否>
 「屈辱の敗戦だ」。そそくさと去る愛知氏を見送った幹部はつぶやいた。全国屈指の接戦を支えた表情は、疲労感に満ちていた。
 野党統一候補の立憲民主党新人石垣のり子氏(44)が出馬を表明したのは5月。3期18年のベテランと準備期間3カ月の新顔の対決に、関係者は祖父の代から3代続く「名門・愛知家」のブランドを信じた。
 現実は違った。「あなた、誰?」。選挙戦終盤の17日。村井嘉浩知事と仙台市の繁華街を練り歩いた愛知氏に通行人が尋ねた。「任期は人気と直結しない」。県連幹部は苦笑した。
 「顔が見えない」と地域活動の少なさに対する不満が最後まで響いた。「世話になっていない。動く義理がない」。終盤、ある県北の県連関係者は陣営から頼まれた電話作戦を拒んだ。
 陣営は仙台市以外の34市町村で、最低でも約2万票差を付けようとしたが、実際の票差は5000。投票率は軒並み低調で、「末端まで火が回らなかった」(県連幹部)。
 焦る党本部は空前絶後の物量作戦を展開。安倍晋三首相が2度、菅義偉官房長官が3度来援した。陣営は幹部対応や選挙カーの行程の調整に追われ、場当たり的な対応に終始した。

<演説自ら終える>
 東日本大震災の月命日の11日午後、石垣氏が津波被災地で復興の在り方を訴えたのに対し、愛知氏は選挙カーで仙台市を駆け抜けていた。
 沿岸部に入ったのは、被災地にたびたび足を運んでいる小泉進次郎党厚生労働部会長。「なぜ一緒に並ばないんだ」。組織内の不協和音を生んだ。
 頼みの綱とされた後援会「愛知会」は高齢化。元蔵相で祖父の故揆一氏、元防衛庁長官の父和男氏から続き、かつて県内全域に張り巡らされた支部は10カ所程度にしぼみ、集票のエンジンたり得なかった。
 選挙戦最終日の夜、仙台市中心部のアーケード街で行われた最後の街頭演説。疲れ切った表情の愛知氏はマイクを使える午後8時まで5分を残し、自ら演説を切り上げた。繁華街にむなしく響く県連幹部の応援演説。「誰の選挙だ」。支持者からため息が漏れた。
 「この18年間の候補者の行動の結果でもある」。相沢光哉選対本部長はうなだれながら、今後の県政を危惧する。「責任政党として選挙区議員を失った意味はあまりに大きい。もっとやれなかっただろうか」
 巨大与党の威信を懸けた激闘の果てに残るのは悔恨だけだった。(報道部・土屋聡史)


2019年07月24日水曜日


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