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<東京五輪まで1年>重量挙げ・三宅義信さんに聞く 「自信つけ、重圧に打ち勝つ」

みやけ・よしのぶ 1939年、宮城県村田町生まれ。大河原高(現大河原商高)2年で競技を始め、法大3年の60年ローマ五輪で銀メダルを獲得。64年東京、68年メキシコで2連覇を達成した。現役引退後、自衛隊体育学校長などを務め、14年から東京国際大ウエートリフティング部監督。

 2020年東京五輪の開幕まで、24日であと1年となった。1964年の東京大会で日本選手最初の金メダルを獲得した重量挙げの三宅義信さん(79)=宮城県村田町出身=が河北新報社のインタビューに答え、日本中の期待を背負って臨んだ55年前を振り返るとともに、今回大会への期待を語った。(聞き手はスポーツ部・剣持雄治)

 −1年後、再び東京に聖火がともる。

<滝に打たれて>
 「選手はもう強化を終えた段階だろう。五輪で出すような結果を1年前に出してしっかり自信をつけることが重要だ。練習だけではどうにもならない。精神を鍛える段階だ」

 −具体的には。
 「将棋を指したり、囲碁をやったり、住職の話を聞いたり、滝に打たれたり。僕が駆け引きで鍛えられたのはマージャンだ。ここでじっとして2番手にいた方がいいか、勝負に出た方がいいか。時の流れと自分のツキ。勝負も一緒だよ」

 −64年の東京大会では9度の試技を全て成功させ、圧倒的な強さで金メダルを獲得した。
 「他の選手の記録を見て、コーチは安全に行こうと重量を下げようとしたが、予定通りにやった。『俺を信じないのか』と心の中でコーチとけんかしたな。顔には出ていたかもしれないけど」
 「60年ローマ大会で大会後半にあった重量挙げが前半に組み込まれた。『どうしても金メダルだ』という当時の組織委員会の意気込みを感じたよ。考えるほど、容易なこっちゃないな。もう、男の光を出さなきゃいけないわけだよね」

 −現在のアスリートに対して思うことは。
 「金メダル金メダルって、はやり言葉のように言うよな。そんな甘いものじゃない。簡単に口にしていいのかなと思う。昔はハングリー精神、大和魂があった。今はそういう言葉は通用しないんだろう」

 −日本のスポーツ界の発展をどう見るか。

<復興と線引き>
 「スポーツは今、危険なところにある。お金ばかりが前面に出て心がなくなっている。五輪はスポーツを通じて双方の理解を深め、世界平和を目的とする。これから先も変えてはいけないのは心だろう」

 −来年の東京五輪は復興五輪の意味合いもある。
 「五輪と復興はしっかり線を引くべきではないか。被災地で試合をしてあげるって、押し付けがましいと思う。何でもかんでも復興のために試合を持ってくるのか。反対の人だっている。五輪がいつの間にか被災地にも来た。それでいいじゃないか」

 


2019年07月24日水曜日


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