岩手のニュース

<高校野球岩手>被災球児の夏終わる 一丸の大船渡に拍手

甲子園出場を逃し、悔しそうな表情で花巻東の校歌を聞く佐々木(左から2人目)ら大船渡ナイン

 甲子園への夏が終わった−。盛岡市の岩手県営野球場で25日にあった全国高校野球選手権の岩手大会決勝。「被災地から甲子園へ」を合言葉に勝ち上がってきた大船渡は花巻東に2−12で敗れた。一丸で戦い抜いた選手たちに、満員のスタンドからは惜しみない拍手が送られた。

 1−12の九回裏。「最後まで勝つつもりだった」と言う千葉宗幸内野手(3年)の安打を機に1点を返したが、後続を断たれた。
 震災発生時は小学3年。母常子さん=当時(46)=が津波の犠牲になった。父耕成さん(53)が監督を務める地元チームで白球を追い掛け、校庭に仮設住宅が立ち並ぶ景色の中で小学、中学時代を過ごした。
 耕成さんは「認めたくない現実と向き合うより子供のことを考えた。野球と共に生活があった」と語る。朝4時半に起きて弁当を作り、甲子園を目指す千葉を支えた。
 「ここまで連れてきてくれて本当に感謝している」と耕成さん。千葉は「家に帰ったら『ありがとうございました』と伝えたい」
 「東北を元気づけることが自分たちの役目」。父や祖父母が震災の犠牲になった佐々木朗希投手(3年)にとっても特別な思いを胸に臨んだ大会だった。
 母陽子さん(46)は「震災は大人でさえ現実と受け止められなかった。そこに野球があって、親も子供も仲間ができた」と話した。
 大船渡が甲子園に出場した1984年の主将で、震災時に監督だった吉田亨さん(52)が語る。
 「家や家族を失った生徒がいて、野球どころではなかった。大船渡らしい全員野球で勝ち上がり、よくぞ決勝まできた。選手たちを誇りに思う」
 勝負が決した瞬間、三塁側の大船渡応援席は一瞬の静寂に包まれた後、万雷の拍手がいつまでも鳴り響いた。


2019年07月26日金曜日


先頭に戻る