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被災地と東京の懸け橋に 宮城・女川の元水産加工「三好屋」畳み都内で小料理店3年

客と談笑する(奥左から)松川さん、麗子さん、怜央さん=東京都豊島区

 宮城県女川町で水産加工会社「三好屋」を経営していた家族が東日本大震災での被災をきっかけに東京都内に移住し、かつての社名と同じ名前の小料理店を営んでいる。開業から間もなく3年。地域に根差し、被災地と東京を結ぶ懸け橋にもなっている。
 「浜の母ちゃん料理」をうたう店は豊島区長崎の住宅街にある。カウンター7席、6人が座れる小上がりはいつも満席だ。切り盛りする松川浩子(こうこ)さん(59)、母の麗子さん(81)は女川の言葉で客と談笑する。
 塩うに、ホヤの刺し身などの水産物は牡鹿半島(宮城県)の漁師らから仕入れる。日本酒は宮城の銘柄だけを扱う。2年前から店に通う同区の会社経営冨永稔さん(55)は「ママはみんなに愛されている。店で初めて食べたホヤもこんなにおいしいと思わなかった」と語る。
 松川さん一家は震災時、女川町中心部で創業約50年の水産加工会社を経営。従業員約60人を抱え、ウニやタラコなどを販売していた。津波で従業員6人が亡くなった上、2カ所の加工場や自宅を失った。
 事業再開の見通しが立たない中、自閉症の長男怜央(れお)さん(25)を心配した知人から都内の施設への入所を勧められたことから、2012年4月に豊島区へ引っ越した。水産加工は廃業し、東京に残るために未経験だった飲食店の開業を決心。16年9月6日にオープンさせると、三陸の新鮮な海の幸を生かした料理が客の心をつかんだ。
 引きこもりがちだった怜央さんは、東京で絵画などに積極的に取り組むようになった。描いた絵は店内に飾られている。松川さんは「息子の成長が見られて良かった」と目を細める。
 「古里を忘れたことはない」と言う松川さんは5月、女川町の現状を知ってもらおうとバスツアーを企画。50人ほどの常連客を案内した。被災状況に圧倒され、涙を流す人もいたという。
 松川さんは「開店直後は3カ月もたないと言われたけど、温かいお客さんに支えられてきた。これからも食やツアーを通じ、女川や被災地のことを伝えたい」と話す。日曜、祝日定休。連絡先は三好屋03(5926)8797。


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2019年08月20日火曜日


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