宮城のニュース

<仙台市議選 109万都市の針路>識者に聞く[1]目指す姿 市民に示して

[ちば・えいいち]1946年旧満州生まれ。仙台工高卒。一関市に引き揚げた後、仙台市に移住。64年に東洋製缶仙台工場に入社し、2006年に退社した。東日本大震災後の12年、「蒲生のまちづくりを考える会」(笹谷由夫代表)に所属し、14年から現職。73歳。

 25日投開票の仙台市議選は中盤戦に入った。109万都市の針路を問う論戦が熱を帯びる。東日本大震災後、3度目の審判。東北唯一の政令市の復興、経済、文化、地方自治はどこへ向かうべきなのか。各分野の有識者に聞いた。

◎復興/「蒲生のまちづくりを考える会」事務局長 千葉永一さん

■本番はこれから

 −震災発生から約8年5カ月の月日が流れた。
 「震災前の宮城野区蒲生北部地区には約1150世帯があったが、少なくとも157人が津波の犠牲になり、住宅もほとんどが流された。震災後は災害危険区域に指定され、現在は8世帯が残るのみとなった」
 「蒲生干潟の周辺で防潮堤の建設工事が始まり、干潟も以前の姿から変わろうとしている。震災前の風景が失われていくことに、複雑な思いを抱いている」
 −市沿岸部の防災集団移転跡地では観光果樹園の整備など利活用が進む。
 「集客施設ができれば日中は人が訪れ、一定のにぎわいが期待できるかもしれない。だが、人が住めるわけではなく『新たな街ができる』という視点で捉えていないのが本音だ」


■現場の声第一に

 −10月19日にかさ上げ道路の「東部復興道路」が全線開通し、市の復興関連事業がほぼ終了する。
 「『復旧』という意味では終わるのかもしれないが、被災者はようやく住む場所が決まり、一安心して、これからどうしようかと考えているところ。『復興』はこれからが本番だ」
 「震災で沿岸部の住民はばらばらになってしまった。市は『住む場所を確保したので復興した』と思うのかもしれないが、移転先でなじめなかったり、孤独死があったりしている。災害公営住宅で暮らす被災者の中には、入居4年目以降の家賃の割り増し、10月の消費税増税を負担に思う人もいる。現場の声を第一に支援を充実させてほしい」
 −市は本年度、都心部の再開発を誘導するなど「ポスト復興」を見据えた取り組みを本格化させた。
 「『ポスト復興』と言われても具体性がなく、よく分からないのが正直なところ。どんな街を目指したいのか、市は分かりやすく市民に示すべきだろう。都心部の再生を優先しているように見えるが、被災地には依然、多くの課題が残されており、目を向ける姿勢を忘れてはいけない」
 「人口減少に伴う高齢者の移動手段確保は、沿岸部を含む郊外地域に共通する課題。その中で、宮城野区燕沢地区で試験運行が続く乗り合い交通には、強い関心を持っている。いずれ被災地でも同じような仕組みができればいい、と期待して動向を注視している」
(聞き手は報道部・横川琴実)


2019年08月21日水曜日


先頭に戻る