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<塩釜市長選>候補者の訴えと横顔

<さとう・あきら>1942年5月28日、塩釜市生まれ。日大理工学部卒。66年に県庁入りし土木部の技術担当次長、港湾空港局長などを経て、2003年市長選で初当選。18年4月から県市長会長。
<さとう・こうき>1967年11月7日、塩釜市生まれ。東北学院大経済学部卒。県議だった父の秘書、参院議員秘書を経て、2003年県議選で初当選し連続4期。18年11月〜19年7月に議長。
<あべ・すすむ>1969年11月21日、塩釜市生まれ。東北大工学部中退。日本民主青年同盟塩釜地区委員長を経て、2017年2月から共産党塩釜・多賀城・宮城・黒川地区委員会の委員長。

 25日告示された塩釜市長選は、5選を目指す無所属現職の佐藤昭さん(77)、ともに新人で無所属の元県議会議長佐藤光樹さん(51)=自民推薦=、共産党公認の党塩釜地区委員長の阿部進さん(49)が9月1日の投票日に向け舌戦を繰り広げている。3人の訴えと横顔を紹介する。

◎佐藤昭さん(77)市長無現(4)/復興課題やり遂げる

 東日本大震災から8年余り。「復興の課題を積み残したままでいいのか、という自責の念。悩んだ末に決断した」。若手経済人の立候補要請が心に響いた。
 公約は(1)定住環境の充実(2)新たな都市空間の創造−など大きく5項目。子育て包括支援センターの設置や市立病院の建て替え検討を挙げる。塩釜仲卸市場などがある新浜地区と対岸のマリンゲート塩釜を船で結び水産と観光の振興も図る。
 1、2期目は財政再建、3、4期目は復旧復興に奮闘した。先を見据え「厳しい状況への理解、協力を得るため耳障りな情報も市民に伝える」と信念を語る。
 高齢多選に関し「77歳なのは間違いない」と笑い「一線に16年いたから分かることもある」。健康のため定期診察や筋トレを続ける。
 座右の銘は「一燈照隅(いっとうしょうぐう)」で好きな言葉は「愚直」。小学生の男孫が「めんこい」と相好を崩す。塩釜市泉ケ岡の自宅で妻と暮らす。

◎佐藤光樹さん(51)元県議会議長無新(自推)/政策決定「見える化」

 県議会議長を7月に辞任して立候補を表明、今月5日に県議も辞めた。「初心に帰る。市民のため働き、塩釜に新しい風を吹き込みたい」と力を込める。
 市民の力を借り教育格差是正を図る寺子屋制度といった教育力の向上、企業と連携した健康寿命の延伸、地産地消を含む産業再生など10項目を掲げる。
 政治家を志したのは小学6年の時。塩釜市議や県議を務めた父の背中を見続け政治の道へ。県議当選後は支持者と三つ約束した。その一つ、県政懇談会の開催は650回を超えた。
 東日本大震災からの復興が落ち着けば、市政の厳しい現実が表出するとみる。
 「経験を積み、気力、体力が十二分の今、乗り越える自信がある。協調型の市政、『政策決定の見える化』を目指す」と言う。
 好きな言葉は「勇往まい進」。震災を機に塩釜市内の両親や姉と別居し、同市清水沢で1人暮らし。

◎阿部進さん(49)党地区委員長共新/市政転換待ったなし

 立候補表明は告示の5日前。裏方だったこれまでと一転、初めて候補者として選挙に挑む。
 「待ったなしの危機的状況。希望の持てる市政への転換を目指し、全力で頑張る」
 野党統一候補が勝った参院選宮城選挙区の流れを受け、市民に共闘を呼び掛ける。
 訴えの柱に(1)安心できる暮らし(2)子育て応援(3)地域産業の再生−を掲げる。
 具体策は、公共交通網の実現や下水道料金の引き下げ、学校給食の無償化、漁船の燃油対策などだ。
 親はノリやカキの養殖に従事し、子どもの頃は漁船に乗るなど「海は遊び場」だった。「塩釜への愛情の原体験」と笑う。収入面でやむなく親は転職したが「観光、水産資源で塩釜の潜在力はある」と力説する。
 自らを「仕事人間。楽観的」と評し、宇宙など科学系の書籍を好む。「若者の面倒見もいい」と周囲の評。仙台市宮城野区中野の自宅に妻、長女と3人暮らし。


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2019年08月27日火曜日


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