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<われら常連ライダー>被災地と家族 節目刻む

今年で連続7回目の出場となる賢二さん(右)。美夏さん(左)、崚人ちゃんも会場に駆け付ける=東京都東村山市

 東日本大震災で被災した宮城県沿岸を自転車で巡る「ツール・ド・東北2019」が9月14、15日に開催される。今年で7回目を迎え、毎年のように参加する常連も多い。走ることが生きる目標になったり、人の縁に引き寄せられたり。さまざまな思いに駆り立てられながら、ライダーは被災地へ向かう。(ツール・ド・東北取材班)

◎(上)東京・東村山 川田賢二さん(49)

■7回目の出場

 開催日が近づくと、決まって妻が隣でほほ笑む。「また1年、生き延びたね」。妻が病に伏した日から、大会を無事迎えることが家族の目標になった。
 東京都東村山市の川田賢二さん(49)は今年、連続7回目の出場となる。約4年前に乳がんを患い、闘病中の妻美夏さん(46)と長男崚人(りょうと)ちゃん(3)も応援に駆け付ける予定だ。
 都内の社会福祉法人でソーシャルワーカーとして働く賢二さんは東日本大震災の時、被災地の避難所で高齢者や障害者が体調を崩して命を落としたと知り、心を痛めた。ボランティア派遣に志願したが勤め先の災害対応に追われ、現地入りはかなわなかった。
 「被災地との関わりを持ちたい」と模索していた2013年、ツール・ド・東北の初開催を知り、迷わず申し込んだ。沿道の仮設住宅の前で、被災者が旗を振って声援を送ってくれたのに驚いた。「走りに来ただけなのに申し訳ない」と涙がこみ上げ「必ず毎年来て復興の様子を目に焼き付けよう」と決めた。
 いつか3人で
 美夏さんも賢二さんに触発されて自転車に乗り始めた。ほどなく、念願の妊娠が確認された。安定期に入った15年の第3回大会、応援バスツアーで宮城県南三陸町を訪れた美夏さんは、当時の駐日米大使で大会に参加していたキャロライン・ケネディさんと遭遇した。
 妊婦であることを示すマタニティーマークを見せると、ケネディさんは優しくおなかをさすってくれた。翌年2月、元気に産声を上げたのが崚人ちゃんだ。
 「いつか家族3人で出場したい」。賢二さんは夢見る。妊娠中に乳がんが発覚し、産後の抗がん剤治療などを乗り越えた美夏さんも同じ希望を胸に抱く。
 賢二さんが16年の第4回大会から戻った翌日、美夏さんは胸の摘出手術に臨んだ。その後、脳への転移が見つかったが、17年の第5回大会は1歳7カ月の息子と会場に同行した。昨年の第6回大会は再手術の影響で視野が狭くなる障害を抱えながらも、ゴール地点で夫に声援を送った。

■病状は快方へ

 「会場の宮城県に足を運べたことが毎年、自信になっている」と話す美夏さん。がんと診断された当時、医者からは「生存率は5年(後)で40%」と告げられた。「半分以上は折り返した」と笑顔をのぞかせ、病状は快方に向かいつつある。
 崚人ちゃんは現在、幼児用の自転車型遊具で遊ぶことができるほどに大きくなった。「出場資格が得られる中学生になるまで大会が継続していてほしい」と、夫婦はわが子の健やかな歩みと願いを重ねる。
 「ツール・ド・東北は被災地の復興と、美夏の回復を確かめる大切な節目」と話す賢二さん。美夏さんは「崚人の成長記録もね」との言葉で思いを添える。


2019年08月27日火曜日


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