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<われら常連ライダー>「トモダチ」の心広がる

三沢基地のサイクリング仲間と談笑するハンプさん(左)。「被災地の皆さんとの友情に感謝している」と語る=米軍三沢基地

◎(下)三沢市ラッセル・ハンプさん(55)

■6年連続出場

 「トモダチ」をキーワードにした日米の交流が、ツール・ド・東北の開催地で深まりを見せている。
 東日本大震災の発生後、在日米軍は「トモダチ作戦」と称し、被災地で支援物資の輸送やがれき撤去などを展開した。2014年から、サイクリングを趣味とする米軍関係者がツール・ド・東北に参加するようになり、被災地に心を寄せ続ける。
 三沢基地(三沢市)の職員ラッセル・ハンプさん(55)もその一人だ。出場は6年連続で、過去5回は60〜100キロだったが今年は170キロの南三陸フォンドを走る。基地の仲間5人も参加する予定だ。
 「復興する被災地の様子を知ることができる、素晴らしいイベント。とても楽しみにしている」と意気込むハンプさん。毎週200〜250キロを走り込み、トレーニングに励む。
 米国フロリダ州の出身で、1994年に空軍兵士として三沢基地に赴任した。2005年の退役後は人事部門の職員として勤務する。日本人女性と家庭を築き、三沢で暮らし続ける親日家だ。
 サイクリングが盛んなドイツで兵役に就いていた約30年前から、自転車を趣味としてきた。現在は基地の仲間と青森県内を走ることが多く、豊かな自然の中で余暇を楽しむ。

■被災地のため

 ツール・ド・東北に参加したきっかけは震災後、「たとえ小さなことでも、被災地のために何かできることをしたい」と考えたことだった。
 「3.11」の後、ハンプさんは津波被害を受けた三沢市内の漁港で、2人の息子と共にがれき撤去のボランティア活動に参加した。その後も被害が大きかった三陸沿岸を心配し続け、基地の自転車仲間ら約30人のチームで14年の第2回大会に参加を決めた。
 初めて宮城の被災地を走った5年前は、津波被害を受けた建物や仮設住宅が並び立つ状況を目にし、「悲しい思い出も残った」。大会に参加して地域が再生する様子を確認するたびに、「ポジティブな、明るい気持ちで走れるようになった」と笑顔を見せる。

■沿道の声 励み

 大会では被災地の人々の応援を、何よりの励みとしている。スタート地点の石巻専修大(石巻市)やコースの沿道で、地元の人たちが早朝から声援を送ってくれることに毎回、感激しているという。
 大会に関わる被災地の人々を「トモダチ」と思えるようになった。ハンプさんは「友情に心から感謝している。復興に向け、最後まで決して諦めず挑戦してほしい」とメッセージを送る。
 今年も多くの人との触れ合いを楽しみにしながら、アップダウンの激しい難コースに挑もうとしている。


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2019年08月29日木曜日


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