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牡鹿つないだ情報誌が終刊 刊行7年、復興の歩み記録

7年間地域の情報誌の発行を手掛けた鈴木さん(中央)。共に活動した復興応援隊の若者らとこれまでの歩みを振り返る
牡鹿地区の歩みを伝えた「いんふぉ・おしか」

 東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県石巻市牡鹿地区の復興の今を発信し続けた情報誌「いんふぉ・おしか」が8月号で終刊した。前身の「牡鹿ふるさと通信」の創刊から7年。被災によって生じた地域の見えない隔たりを埋め、針路を照らしてきた歩みに幕を下ろす。

 最終号には見開き2ページで、過去に発行した冊子の表紙が並んだ。運動会の応援合戦で声を張り上げる中学生、ホヤの水揚げを見学する小学生、水平線から昇る初日の出。震災後の人々の笑顔や美しい牡鹿の風景を切り取ってきた。
 毎月2000部発行し、通算81冊。復興工事の進行状況をはじめ、小中学校の運動会、牡鹿鯨まつりなど地域に密着した情報を掲載したほか、周辺で楽しめるレジャーなど地域の魅力を伝える特集も展開した。市報などと一緒に住民に配布され、地区外に引っ越した住民には希望すれば郵送で届けられた。
 「たくさんの人に出会い、普段の生活では気付かない人間の奥深さに触れた」
 ふるさと通信の創刊時から取材や編集を担った鈴木ひろみさん(63)は周囲への感謝を忘れない。
 脳裏には震災直後の古里の姿がある。「道路はがれきで埋め尽くされ、現実のこととは思えなかった」。自宅は高台にあり津波を免れたが、海岸に近い一帯は壊滅的な被害を受けた。
 同じ地区にあっても被災の程度の差は激しかった。時間がたつにつれ、鈴木さんは「心理的な隔たりが生まれ、人の心がバラバラになっていた」と感じた。
 ふるさと通信は2012年10月、住民の心を再びつなごうと鈴木さんら地区の女性3人が創刊した。国の制度に基づき被災地のまちづくりを支援する復興応援隊員が加わり、16年5月には名称を「いんふぉ・おしか」に変更。スタッフは8人になった。
 新潟県妙高市出身で、14年4月から応援隊員として発行に携わった関原雅人さん(28)は「地元の人に情報を届けるだけでなく、県外出身のスタッフが地域の人と知り合うきっかけになった」と話す。
 情報誌は観光物産交流施設を核にした拠点エリアの一部開業を前に8月末で復興応援隊事業が終わるため終刊となった。鈴木さんら編集スタッフはエリアの管理運営を手掛ける一般社団法人鮎川まちづくり協会の一員として、引き続き牡鹿地区の活性化に尽力し、地域の情報発信も担う。
 震災から間もなく8年半。最終号を編集し終え、鈴木さんは「みんなで地域の未来を考えられたらいいけど、それぞれの暮らしに精いっぱい」と話しつつ「古里をもっと良くしていきたい」と力強く語った。


2019年09月01日日曜日


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