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「飛行家・佐藤章」再び光 故郷の秋田・美郷 生家の蔵移築、業績など紹介

佐藤章(さとう・あきら) 秋田県金沢西根村(現美郷町)生まれ。本名要蔵。旧制横手中、東洋飛行学校などで学び、1916年に帝国飛行協会練習生となる。日本飛行機製作所を経て21年に飛行普及会設立。空中輸送や飛行士養成を計画したが同年11月に千葉県で訓練中に墜落、死去した。
ゴーグルや靴などの愛用品が並ぶ資料室

 大正時代に活躍した飛行家佐藤章(1894〜1921年)への関心が故郷の秋田県美郷町で高まっている。生家の内蔵(うちぐら)を1億3700万円かけて町が移築し、交流ホールと佐藤の資料室にした。町は日本航空との連携に力を入れており、草創期の航空産業に身をささげた業績が地域振興にもつながっている。
 佐藤は100年前の1919年10月に東京−大阪間を飛行機で往復する第1回郵便飛行大会で優勝し、一躍時の人となった。翌月には現在の美郷町などで凱旋(がいせん)飛行し、多くの見物客が詰め掛けた。宙返りも披露している。
 豪胆な性格だったが、慎重で周到な準備を重んじたという。詩歌を好み、「飛行詩人」とも呼ばれた。訓練中に27歳で墜落死した。
 内蔵は佐藤家から寄贈の申し出を受けた町がいったん解体。約2キロ東にある町宿泊交流館「ワクアス」の敷地内に建て直し、「飛翔(ひしょう)館」と名付けて1日に落成式を行った。
 あいさつで松田知己町長は「佐藤章の大志や偉業を受け止めつつ、特に子どもたちには自分の理想を育んでもらいたい」と語った。
 2階に設けた資料室では佐藤の生涯をパネルで紹介し、ゴーグルなどの愛用品を展示した。帝国飛行協会の会長だった大隈重信が佐藤の葬儀に寄せた弔辞も読める。
 飛翔館前には、「東洋のロダン」と称された彫刻家朝倉文夫(1883〜1964年)が手掛けた佐藤の胸像も据えられている。戦後長く秋田市の千秋公園にあったものを譲り受け、美郷総合体育館のそばに飾っていたのを移設した。町教委生涯学習課の皆川信之課長は「美術的な価値があり、貴重だ」と語る。
 町は2013年に日航と連携協力協定を締結。佐藤の存在もあって関係を深め、本年度から人事交流を実施している。佐藤の業績などを紹介する航空資料展や、子ども向けの「折り紙ヒコーキ教室」も町内で開催するなどしてきた。
 飛翔館資料室は午前9時〜午後5時。無料。連絡先はワクアス0187(88)8870。


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2019年09月05日木曜日


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