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亡き夫との約束果たす 震災から8年半、再建した自宅で茶道教室

新しい稽古場で、震災直後に真澄さんが買ってきた茶わんを見つめる直子さん

◎震災直後、被災者に茶振る舞う/気仙沼の茶道家・大嶋さん

 東日本大震災の直後、避難所などで被災者に無料でお茶を振る舞っていた宮城県気仙沼市の茶道家大嶋直子さん(71)が今夏、仮設住宅の暮らしを終え、同市弁天町にお茶をたてる稽古場を備えた自宅を再建した。新居に戻ることができず、昨年1月に71歳で亡くなった夫真澄さんとの約束を守り、震災前に約40年間続けていた茶道教室を再開する。

 約100平方メートルの木造平屋に引っ越したのは8月中旬。狭い仮設住宅には置けなかった真澄さんの仏壇もあり、8畳の稽古場は新しい畳の香りが漂う。直子さんは「長かった。お父さんが一番楽しみにしていたと思う」と語る。
 2階に茶道教室があった自宅は津波で全壊。大事な茶道具も全て失った。「ショックが大きすぎて、心が無になった。悲しいとも感じなかった」と明かす。
 夫婦で市内の避難所で暮らし始めてから10日後の3月下旬。「どこにいても、毎日、お茶をたててほしい」と真澄さんは、わざわざ一関市で買い求めてきた茶道具一式を直子さんに渡した。
 直子さんはすぐに避難所で茶を振る舞い始めた。最初にお茶をたてた相手は自衛隊員。校庭にあったドラム缶の上に茶器を広げた。
 5月に仮設住宅に移ってからも避難所を回った。「温かいお茶をさしあげています」と自宅に看板を掲げ、誰にでもお茶を出した。
 「お茶をたてることで、つらいことも忘れられた」。生き生きと茶を振る舞う直子さんの姿を、真澄さんはいつもうれしそうに見つめていたという。
 市の土地区画整理事業が進み、土地が引き渡されたのは2017年12月。新しい暮らしにようやくめどが立った直後、検査で真澄さんの肝硬変が発覚した。すでに手遅れだった。正月に仮設住宅に戻った真澄さんと一緒におせち料理を食べたのが、2人で過ごす最後の時間となった。
 真澄さんからいつも「お母さんのお茶に癒やされる人がたくさんいる。ずっと応援するから続けるんだよ」と聞かされていた直子さん。新居に稽古場を作り、8年半ぶりに教室を再開することに迷いはなかった。
 震災と夫の死を乗り越え、近く稽古を始める。真澄さんが買ってくれた茶器は大事に使っている。
 直子さんは「灯台のようにいつも先を照らしてくれた主人と出会えて幸せだった。お茶があるから、生きられた。心を込めてお茶をたて続けたい」と話す。


2019年09月11日水曜日


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