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福島・会津坂下 高寺山遺跡で「ご神体」の石 土着の神仏習合か

復元されたご神体とみられる石(右端)と台座とみられる岩=会津坂下町埋蔵文化財センター
ご神体とみられる焼けた石の破片が集められて埋められていた遺構=会津坂下町の高寺山遺跡(町教委提供)

 福島県会津坂下町教委は平安時代の9世紀前半の山岳寺院(山寺)跡が昨年見つかった同町宇内の高寺山遺跡で、新たに「ご神体」とみられる石が出土したと明らかにした。町教委は会津地方に土着の神仏習合の信仰があった可能性があるとみて、詳しく調査する。

 「ご神体」の石が見つかったのは、高寺山(401メートル)山頂の東南約150メートルの平場で、約2万平方メートルある同遺跡の北側。今年5〜7月に行った昨年に続く2度目の調査で発掘された。
 焼けた破片の状態で縦約1.5メートル、横約3メートルの範囲に埋められていた。復元した結果、30センチ大と80センチ大の2個の自然石と判明。大きい石の上に小さい石を載せた京都府の幸神社(さいのかみのやしろ)のご神体と類似しているという。幸神社では、平安京の東北の鬼門の守り神として設置されたと言われている。
 高寺山の「ご神体」は同山にはない流紋岩で、別の場所から運ばれた可能性が高いという。表面の一部に焼けた赤い跡があり、周囲の土も焼けた跡がある。
 高温で焼かれ、自然に破裂するように砕けたと推測される。なぜ焼かれ、砕けた後に集められたのかは不明だが、供養など宗教的儀礼の後に埋められたと考えられるという。
 同遺跡は昨年の調査で8世紀後半〜11世紀の遺物が発見された。八角円状の建物(八角円堂)跡とみられる礎石と仏鉢など僧具が発掘され、建物は寺院と推測された。町教委は遺物や周囲の遺構などから8世紀末にまず建造され、その後廃絶し、再度建造された新旧の寺院があったと説明する。
 福島県磐梯町の慧日寺(えにちじ)を807年に創建し、会津地方に仏教文化を広めた高僧徳一(とくいつ)との関係も注目される。徳一が土着の神仏習合の信仰を否定したため、何らかの形で廃絶したという専門家の指摘もある。
 会津坂下町教委の吉田博行専門員は「発掘調査でご神体が出土するのは珍しい。山岳信仰を考える上で重要な発見だと思う」と話す。


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2019年09月11日水曜日


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