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<ツール・ド・東北2019>被災地と共に成長 石巻・遠藤さん家族 仙台・遠藤さん

女川エイドステーションで談笑する(左から)海陸さん、年男さん、大空さん、大輔さん=15日午前10時ごろ、宮城県女川町女川浜
最長のコースに挑んだ遠藤由樹さん=15日午前7時20分ごろ、石巻市雄勝町雄勝

 東日本大震災の被災地沿岸で15日あったツール・ド・東北2019は、今年で7回目を数えた。毎年のように出場する常連も多く、親子と祖父の3世代で走り続ける人も。震災から8年半の歳月が過ぎ、ライダーたちは復興へと歩む被災地の風景を、家族や自身の成長と重ね合わせる。
 「4人そろって完走できた。みんなご苦労さん!」
 石巻市北上町で民宿を営む遠藤大輔さん(36)は息子2人、父の武山年男さん(62)と「北上フォンド」(100キロ)の完走証を手に喜び合った。大輔さんは4回目、年男さんは5回目の参加。高校2年の長男大空(そら)さん(17)、中学3年の海陸(かいり)さん(15)はともに2回目だ。
 石巻は津波で甚大な被害を受けた。遠藤さんの自宅と家族は無事だったが、周辺の集落は大きな被害に見舞われた。年々復興が進み、見慣れた地域も、自転車でゆっくり走ってみると新しい発見の連続という。
 「来年はトンネル通れっぺか」「車から見る景色とは違うよね」−。記憶に残るのは変わりゆく地域だけではなく、ペダルをこぐ家族の姿だ。息子の身長が伸び、サドルが高くなる。いつの間にか父親の体力を超え、坂道をぐいぐい上る。
 大空さんと海陸さんの自転車やヘルメットは全て年男さんが準備した。「じい、ありがとう。頑張って完走するからね」と2人から大会前に改めて感謝を伝えられ、「体力だけでなく、精神的にも大人になったんだな」と感じ入った。
 今大会は4人でローテーションを組み、交代で先頭を走った。「家族で支え合って達成した100キロ」と大輔さん。長くて大変な道のりだったが、力強く走る息子の背中に励まされた。
 自分の壁を超えようと参加する人も多い。出場2回目となる仙台市若林区の会社員遠藤由樹さん(26)は最長コースの気仙沼フォンド(210キロ)に挑んだ。「亡くなったばあちゃんに、自分の成長した姿を見せたい」との一念だった。
 震災当時、石巻市に1人暮らしだった祖母の阿部順子さんは津波で自宅を失い、仙台で由樹さんや両親らと同居を始めた。望郷の念を募らせていた順子さんは認知症になり、17年冬、80歳でこの世を去った。
 「ばあちゃん、ケネディ元駐日米大使が出た自転車大会で走ったんだよ」
 初の参加を伝えると自分のことのように喜び、褒めてくれた。地元の金融機関に就職が決まったのは亡くなる直前で、一歩ずつ階段を上る姿を見せてあげられなくて無念だった。
 夜明けとともにスタートし、ゴールしたのは制限時間直前の夕方5時。途中、祖母らの顔がよぎり、何度も歯を食いしばった。
 「ばあちゃん、やったよ。見てくれているよね」。暮れゆく空に面影を思い、心の中でつぶやいた。


2019年09月16日月曜日


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