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青森・三戸城本丸跡から石垣の一部 江戸期の測量図基に発掘

担当者が立っている辺りが、三戸城の本丸跡から見つかった石垣。周辺の地層から人為的に埋められたことも判明した

 青森県三戸町教委は18日、三戸南部氏の戦国時代の拠点跡「三戸城跡」の本年度調査で、本丸跡から石垣の一部が見つかったと発表した。江戸時代末に描かれた測量図を基に発掘した。本丸の構造を知る手掛かりとなり、町教委は「石が極めて大きく、大名の権威を表した堂々とした石垣だと分かった」と説明する。
 石垣は地表から約1メートルの場所から見つかり、南北方向に5.8メートル、高さ1.6メートルの範囲に石があった。基にした測量図「三戸御古城御縄張之図」によると、本丸と6〜8メートルの段差がある谷御丸を隔てる場所にあり、さらに南北に各約10メートル、地中4〜5メートルまで延びていたとみられる。
 自然の石を加工せずに積み上げた「野面積(のづらづみ)」の技法が使われ、最大の石の全長は約1.3メートル。石垣と背面の盛り土との間約2.6メートルにわたり、排水用の小さな石も詰められていた。
 造られた正確な年代は調査中だが、史料などから1591〜1620年ごろと考えられるという。
 本丸跡は現在、城山公園のイベント広場などになっており、なかなか調査ができなかった。住民への聞き取りから、約90年前の昭和初期には石垣は埋められていたと推定される。
 現場を訪れた松尾和彦町長は「歴史的にも重要な石垣が発見され、町が目指す国史跡指定に向けて大きく前進する」と話した。
 本年度の調査は7〜10月実施。10月5日午後1時半からは現地見学会を開く。


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2019年09月19日木曜日


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