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<宮城野ウイーク>平成地区クリーニングの名物店主 3時代現役で地元と歩む

タブレット端末を使いこなし、クリーニング店を切り盛りする中沢さん

◎夫病死、大震災で全壊の店再建 「活気ある街へ頑張る」

 仙台市宮城野区平成2丁目の中沢桂子さん(75)は半世紀以上、地域でクリーニング店を営む。細腕で店を切り盛りし、昭和、平成、令和と三つの時代を駆け抜けた名物店主。東日本大震災にも見舞われた激動の平成を振り返りつつ、高齢化で元気を失う平成地区を再び盛り上げようと、一日も長い現役続行を誓う。
 いわき市出身の中沢さんは1965年、「中沢クリーニング店」を経営する故克幸さんと結婚し、同地区に移り住んだ。JR仙石線苦竹駅の北西に広がるこの地は当時、長屋が数多く立ち並ぶ場所だったという。
 クリーニング店の隣にある中沢さんの自宅も元々は長屋。同じ屋根の下で暮らす隣家は「おかずを分け合う親しい仲」(中沢さん)だったが、昭和の終わりに近所へ引っ越してしまい、長屋は一部が解体された。
 「建物がのこぎりで切られた時は本当に悲しく、涙が出た」と当時を思い返す中沢さん。長屋が次々と姿を消していき、一軒家が増えつつあった頃だった。
 時代が平成となり、3年目の1991年。「原町苦竹」と称した当時の地区名が、地元町内会などの発案で「平成」に変わった。バブル景気の余韻で地区は活気にあふれていたが、高齢化の影が忍び寄っていた。
 平成は今年5月1日の改元で幕を閉じた。時代にゆかりの地は30年間で、そば屋や診療所が後継者不在でなくなり、くしの歯が欠けるように畳屋、駄菓子屋、花屋などが店を畳み、駐車場ばかりが増えた。
 中沢クリーニング店も平成が始まる直前、大きな変化があった。店主の克幸さんが87年、病気のため49歳で亡くなった。中沢さんは「長男の嫁として家業を継ぐ」と決意。クリーニング師免許を懸命に取得した。
 震災では店舗が全壊する被害を受けたが、2011年のうちに再建した。30年以上利用する常連客らに支えられ、今も元気に働く。「活気ある平成地区にするため、これからも現役で頑張る」。中沢さんは体力の続く限り、仕事を続ける。


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2019年09月23日月曜日


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