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<ラグビーW杯>「かあちゃんも喜んでいる」 被災地のスタジアム、万感の思いで観戦

スタンドでW杯の熱戦を見詰める木村さん=25日午後3時ごろ

 震災の被災地で唯一、ラグビーW杯の会場となったスタジアム。25日の試合には被災者も多く足を運んだ。釜石市の木村正明さん(63)はその一人。鎮魂、復興への期待…。さまざまな思いを胸にグラウンドを見詰めた。
 熱戦で盛り上がるスタンドに、万感の思いがこみ上げた。「みんな笑っている。来てよかった。かあちゃんもきっと喜んでいる」。震災で妻タカ子さん=当時(53)=をはじめ母や親類、友人ら近しい人を100人以上失った。
 タカ子さんは、スタジアムが立つ場所にあった鵜住居小の事務職員だった。児童や教職員が高台へ避難する中、一人だけ学校に残った。保護者らに対応するためだったとみられるが、真相は分からない。遺体も見つかっていない。
 釜石でW杯が開かれると決まった時、木村さんは素直には喜べなかった。スタジアム予定地に妻が眠っているかもしれない。「もう永遠に埋まったままなのか」。工事が始まると心が乱れた。
 でも、少しずつ思い直した。木村さんが考える復興とは、なりわいができ、人々が集い笑い合うこと。「スタジアムに人が集まれば笑いと希望が生まれる。復興に近づく。かあちゃんも望んでいるだろう」。自分も楽しもう。前向きにW杯を迎える気持ちが徐々に強まったという。
 もちろん、ここは何が起きた場所なのか、みんなに知ってほしい。地元のまちづくり協議会に働き掛け6月、スタジアム内に震災の教訓を伝える碑を英文の説明板付きで設置した。
 碑には仲間と考えた言葉「あなたも逃げて」を刻んだ。あの日の妻に告げたかった願い、そしてこれから災害に遭う人が生き残るため、世界に呼び掛けたいメッセージだ。
 西日が芝生を照らす。ノーサイド。歓声が響き続けた夢の時間が終わった。
 「いい試合だった。釜石が前に進む大きな一歩になったと思う」。この日、木村さんが座った席は、くしくも妻の仕事場だった職員室の周辺だった。
 「できればかあちゃんと来たかった。でもいたかもしれない。姿も形も見えなかったけれど」
(釜石支局・中島剛)


2019年09月26日木曜日


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