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8年半、ようやく一歩 気仙沼・鹿折地区の区画整理事業が完了

プレハブ仮設店舗で髪を切る光男さんと見守るみつさん

 東日本大震災の津波で大きな被害を受け、200人以上が犠牲となった気仙沼市鹿折地区で、市が整備してきた土地区画整理事業の工事が完了した。28日には区画整理地内で最後の工事となった「東みなと町公園」で竣工(しゅんこう)式があった。
 鹿折地区の土地区画整理事業は、市が都市再生機構(UR)に事業を委託。震災で地盤沈下した42ヘクタールを、海抜1.8〜5.5メートルにかさ上げして造成した。
 2013年7月に着工。当初は17年度末の事業終了を目指したが、被災建物の基礎の撤去や水道管などの移設工事の調整などに時間がかかった。
 事業費は248億円で当初計画(108億円)の2.3倍まで膨らんだ。国の復興交付金を活用した。
 竣工式には地元住民や市関係者ら約200人が集まった。菅原茂市長は「地域住民が熱心に街の在り方を議論してきた地区。今以上ににぎわいが創出されることを期待したい」とあいさつ。テープカットで工事の完了を祝った。

◎何度も移転、元の地で再開/理容店経営の小野寺さん親子

 気仙沼市鹿折地区で70年以上にわたり愛されてきた理容店「鹿折軒」を営む小野寺みつさん(70)と光男さん(46)親子。震災の5カ月後に地元でプレハブ仮設店舗を設け、その後も場所を移して営業を続けながら区画整理事業が終わるのを待ちわびてきた。
 津波で全壊した店が立っていた土地が引き渡されたのは、今年5月。来月下旬には新店舗ができる。光男さんは「まさか、ここまで遅くなるとは思わなかった。長かった」と振り返る。
 2人は震災直後に避難所を回り、ボランティアで被災者の髪を切っていた。2011年8月、基礎だけが残る自宅跡に平屋のプレハブ仮設を載せて営業を始めた。
 周囲にがれきが残り、地盤沈下した道路にたまった水には魚が泳ぐ姿もあった。「誰も店があるなんて思わない。最初は客が来なかった」(みつさん)
 客足が戻り始めた14年秋、区画整理事業の進展に伴い地区内の別の場所に店ごと移った。16年秋には再度、移転を迫られた。
 当初、17年9月に土地が引き渡されるはずだった。だが、工事は何度も遅れ、本格再建のめどは付かなかった。「もう遅れるのは最後にして」。光男さんがURの担当者に迫った数カ月後、延期の通知がまた送られてくることもあった。
 震災前にあった場所で本格再建することを目標に、親子で踏ん張ってきた。光男さんは「目標が無くなり、力が抜けた状態にならないか心配」と笑う。
 仮設店舗の目立つ場所に掲げていた「絆で前へ 鹿折 ふるさとを取り戻そう」と書かれたTシャツは、新しい店には飾らない。
 「震災から一つの区切りは付いたから」と光男さん。ようやく、新たな一歩を踏み出す。


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2019年09月29日日曜日


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