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奥州で椎名親子の選挙資料30箱発見 小沢親子との「水沢戦争」に迫る

市町村間の移動距離を記した里程表(奥州市教委所蔵、伏見教授提供)
つじ立ちの場所と順番を示したとみられる旧水沢市街地図(奥州市教委所蔵、伏見教授提供)

 自民党副総裁や外相を歴任した椎名悦三郎氏(1898〜1979年)と、衆参両院議員を務めた次男椎名素夫氏(1930〜2007年)の選挙運動に関する資料が、地元の奥州市(旧水沢市)で見つかった。国会議員の「企業秘密」とも言える資料の発見は全国的にも珍しい。
 見つかったのは、椎名氏親子が遊説で使ったとみられる中選挙区時代の衆院旧岩手2区の地図や後援会の役員名簿、選挙結果の分析表など段ボール約30箱分。
 親子が政治活動の拠点とした奥州市の旧事務所に長年保管されていたが、建物の取り壊しに伴って2017年、椎名家の遺族が政治活動に関わる資料と共に市へ寄贈した。東北大大学院の伏見岳人教授(日本政治外交史)らが、市教委と共同で調査している。
 中央政界で著名な椎名氏親子は、選挙区では運輸相などを務めた小沢佐重喜氏(1898〜1968年)、自民党幹事長だった長男小沢一郎衆院議員(岩手3区)と、親子2代にわたって「水沢戦争」と呼ばれる戦いを繰り広げた。
 伏見教授は「選挙資料は通常『企業秘密』で表に出ることはない。地盤が途絶えた結果、体系的資料が見つかった珍しいケース」と指摘する。
 国会議員の地元活動に関する研究は「他陣営の回し者」などと見られて信頼が得られにくく、進んでいないのが実情だ。
 伏見教授は「椎名家資料の本格調査はこれからだが、後援会活動の実態にまで迫れる可能性が高い」と期待。「個人情報が含まれるので研究成果は慎重に公表する。全国の研究者にも参加を呼び掛けたい」と話している。
 悦三郎氏は55年から旧岩手2区で当選8回。田中角栄氏の後継総裁に三木武夫氏を指名した「椎名裁定」で知られる。素夫氏は79年から旧岩手2区で当選4回、参院岩手選挙区で当選2回。2004年に政界を引退した。

◎中選挙区の競り合い物語る/小沢事務所周辺だけ空白

 今回見つかった椎名悦三郎、素夫氏親子の選挙資料からは、中選挙区時代に衆院旧岩手2区でライバルだった小沢佐重喜、一郎氏親子と繰り広げた「水沢戦争」の実態が読み取れる。
 両親子がともに地盤とした旧水沢市の市街地図に細かく番号を付した資料は、小沢氏が事務所を構える袋町周辺だけが空白になっていた。
 東北大大学院の伏見岳人教授は「1979年の衆院選で素夫氏がつじ立ちをした場所と順番を記したものではないか」と推測する。
 中選挙区制では自民党が派閥単位で候補を擁立。定数4(90年まで)の旧岩手2区には椎名、小沢氏の両親子のほか、同じ自民党の志賀健次郎、節氏親子、社会党副委員長を務めた北山愛郎氏らがひしめいていた。
 「選挙区里程表」と記された地図は、旧岩手2区の市町村間の移動距離を記載。椎名氏親子が地元入りした際、効率的に移動できるよう地元秘書らが検討するために使ったとみられる。


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2019年09月29日日曜日


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