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多賀城跡で新たな門跡発見 外郭西辺で2ヵ所目、平安時代に建造か

多賀城跡の西辺から見つかった門の礎石と根石

 国特別史跡の多賀城跡を調査している宮城県多賀城跡調査研究所は10日、平安時代に造られたとみられる新たな門跡が見つかったと発表した。本年度調査している多賀城市市川丸山にある外郭西辺北部から出土した。門跡が見つかったのは2010年の外郭東辺以来で、西辺では2カ所目。

 門は、掘立(ほったて)式から礎石式に建て替えられていた形跡があった。掘立式は、1辺1メートルの方形の柱穴が10個見つかり、東西4.6メートル、南北8.1メートル。多賀城跡で見つかった八脚門では最小規模になる。
 礎石式は、直径1.5メートルの楕円(だえん)形の穴が4個見つかった。東西6.0メートル、南北10メートルあり、既に見つかっている外郭西門と同規模だった。高さは5〜6メートルあったとみられている。
 築地塀跡も見つかり、門近くの一部を壊して通路にした後、再び塀に戻す多賀城跡初のケースという。出土の瓦の文様から、780年の伊治公呰麻呂(これはりのきみあざまろ)の乱で多賀城が焼け落ち、再建された後に堀立式の門が建てられたとみられる。
 外郭西門と同様、丘陵が低地の西側に張り出す位置にあり、同研究所は「西北門(仮称)」と名付けた。村上裕次研究員は「防御性の高い築地塀を取り壊して門を造るのは、戦乱が収まった平安時代の可能性が高い。通路は門を造るために一時的に設けた可能性がある。取り付けの道が分からず、門の役割は不明だ」と話した。
 今回の調査は、政庁から北西に560メートル、外郭西門から北に480メートルの地点で実施している。同研究所は14日午後1時半から現地説明会を開く。連絡先は研究所022(368)0102。


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2019年10月11日金曜日


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