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「水だ。起きろ!」危機一髪難逃れる 丸森の一家、断熱材のビート板で隣家へ

断熱材をビート板代わりにして、隣家に泳いで避難した天野百合子さん(左)と竹清さん親子=10月29日、宮城県丸森町小斎の自宅前
早坂さん宅の屋根からヘリコプターで救助される天野さんと早坂さん一家。周囲は床上1〜2メートル浸水した=13日午前11時24分
裏山が崩れ、土砂で10メートル近く押し出されてつぶれた佐藤さん宅=17日午後2時30分ごろ、宮城県丸森町筆甫

 台風19号が猛威を振るい、11人が犠牲になった宮城県丸森町では、危うく難を逃れた住民が大勢いた。ひたひたと、場所によっては急激に増した水かさ。多発した土砂崩れ。住民の証言から、犠牲者がさらに増えてもおかしくなかった危機的な状況が明らかになった。
(報道部・鈴木拓也、小田島悠介)

 「水だ。起きろ!」
 和室の時計が10月13日午前0時を刻む直前。丸森町小斎の天野百合子さん(75)は次男竹清さん(44)の大声で目を覚ました。
 百合子さんが布団から起き上がろうと畳に手をついた瞬間、冷たい水に触れた。「なんだ、これ」。思わず声を上げた。部屋中が水浸しになっていた。
 間もなく膝まで水に漬かった。携帯電話を取ろうとしたが畳が浮き上がってうまく歩けない。机が浮力で持ち上げられ、倒れてきた。
 築42年の自宅は木造平屋のため逃げ場はない。竹清さんら子ども3人も在宅していた。百合子さんは長女志都(しず)さん(51)に腕を引かれ、玄関から飛び出した。
 暗闇の中、玄関前に止めた車のハザードランプが誤作動で点灯していた。水の流れはほとんどなく、腰から胸にかけて水かさが増す。竹清さんと百合子さん、志都さんは自宅脇を通り、木造2階の隣家を目指した。
 敷地より数十センチ低い道路を横切ろうとした瞬間、3人とも頭まで水に沈んだ。竹清さんは身長168センチ。水深は180センチ近い。竹清さんは片手を伸ばして家から連れ出した飼い猫を水面から出し、約4メートル先の隣家の塀までもがくように泳いだ。
 百合子さんは志都さんに抱えられて渡った。途中、水を飲んでむせた。「大丈夫だから手を離せ」。百合子さんは自分で泳ごうと声を掛けた。それでも志都さんは母を抱えて泳ぎ切り、塀にたどり着いた。
 「おーい」
 2階ベランダから隣家の早坂晋さん(67)の声がした。塀からベランダまでさらに約10メートル。竹清さんは必死に泳ぎ、まず猫を避難させた。
 同じころ、自宅にいた長男光輝さん(47)も遅れて逃げ出した。手に持っていたのは長さ1メートル超の断熱材。竹清さんが何かに使おうと保管していた資材が、「命のビート板」の役割を果たした。断熱材につかまった百合子さんを竹清さんが引っ張りながら泳いだ。
 早坂さん宅で着替えを借り、早坂さんの父幸治さん(91)を含め6人で一夜を過ごした。翌朝、ベランダでタオルを振って助けを求め、ゴムボートとヘリコプターで救助されたのは13日の昼前だった。
 小斎地区は阿武隈川の越流はなく、山からの沢水や用水路の水があふれ、堤防の内側にたまって水位が上昇したとみられる。竹清さんは「足が地面に着かなかった時はやばいと思った。濁流だったら助かっていなかったかも」と推測する。
 百合子さんは「1986年の8.5豪雨でも無事で、父親から『うちは水が上がらない』と言われて育った。大丈夫と思っていたのが甘かった」と振り返った。

◎佐藤さん夫婦 避難後に裏山崩れる

 道路に飛び出した青いトタン屋根とつぶれた1階部分が衝撃の強さを物語る。
 丸森町筆甫の佐藤潔さん(69)、妻秀子さん(65)の自宅は、裏山が崩れて家全体が10メートル近く道路側に押し出された。「玄関があった」と言う場所に2階の壁があった。
 秀子さんが異変を感じたのは10月12日午後4時半ごろ。台風を心配した妹から「大丈夫?」と電話がかかってきた。何げなく玄関先を見ると側溝から大量の水があふれ出していた。
 道路は流れの速い川のようだった。水深は15〜20センチ。身の危険を感じ、約3キロ離れた避難所の筆甫まちづくりセンターに車を走らせた。
 筆甫地区の午後8時半までの1時間降水量は80.5ミリ。雨が上がったのは13日午前5時前だった。同日未明、近所の知人から「道路に家が出ていた」と連絡があった。
 夜が明けて確かめに行くと道路に屋根が飛び出ていた。「何で」。一瞬目を疑った。地肌が丸見えになった裏山を見て、何が起きたのかを理解した。
 山の中腹にある佐藤さん宅は、町の防災マップで土砂災害の警戒区域には指定されていなかった。「側溝の氾濫に気付かず、家にいたら死んでいてもおかしくなかった」。潔さんは原形を失った自宅前でぼうぜんと立ち尽くした。


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2019年10月31日木曜日


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