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寂しさや不安抱え生活再建へ 大崎・鹿島台と大郷の避難所閉鎖

避難していた住民が握手で別れを惜しんだ=大崎市鹿島台の旧鹿島台二小
住民が去り、囲い用の段ボールが片付けられた=大郷町のフラップ大郷21

 台風19号で自宅に住めなくなった被災者が身を寄せた宮城県大崎市鹿島台と大郷町の避難所2カ所が1日閉鎖され、発災以来約1カ月半続いた集団避難生活が一区切りを迎えた。共に支え合い、内外からの支援を得て苦難に向き合ってきた避難者。感謝の思いや新たな環境への不安を胸に、生活再建へ一歩踏み出した。

 大崎市鹿島台の志田谷地地区の住民が避難する旧鹿島台二小では1日午前4時半ごろから、住民らが荷物の搬出を始め、同日正午ごろまで作業が行われた。
 避難所を後にした住民は、浸水被害を受けた1階を修繕するなどして自宅に戻ったり、近くにアパートを借りたりして、生活再建を進める。
 浸水した自宅の解体を考えている同地区下志田行政区の佐藤重夫さん(77)は「JR鹿島台駅そばにアパートを借りた。地区の住民と支え合ってきたので、避難所の閉鎖は寂しいね」と話した。
 70代女性は自宅を再建するかどうか検討中という。「差し当たり自宅には戻るが、その後どうするかは決まっていない。避難所を出ると友だちと離れ離れになるし、今後が心配」と不安げな表情を見せた。
 大郷町は、町中心部に建設された仮設住宅団地への入居が11月29日に始まったのに伴い、スポーツ施設「フラップ大郷21」に設けた避難所を閉鎖した。
 開設当初から約1カ月半過ごした会社員宮沢一夫さん(52)は「温泉施設への入浴支援や炊き出しなどでお世話になった。雪が降る前に仮設に入ることができて感謝している」と語った。
 仮設住宅への引っ越しを済ませた赤間勲さん(74)は「避難所では全て面倒を見てもらっていたが、これからは自分でやらないと」と気を引き締めていた。
 大崎市鹿島台、大郷町の両避難所には災害直後に最も多くの人が集まった。鹿島台は10月14日に76世帯207人、大郷は複数の避難所を集約した10月15日に37世帯103人が生活。その後ともに減少し、1日は鹿島台が12世帯36人、大郷は6世帯18人だった。


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2019年12月02日月曜日


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