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「ホテル木町」仙台中心部で放置状態20年 部屋の所有者100人超

廃業後約20年、改修などが施されないままのホテル木町=仙台市青葉区木町通2丁目

 「廃業した街中のホテルが20年も放置されている。景観を悪くし、放火される危険もあるのに、なぜそのままにしているのか」
 仙台市の男性会社員(61)から「読者とともに 特別報道室」に疑問の声が届いた。建物が長年手付かずだった理由を探ると、意外な事情が見えてきた。
 対象の建物は青葉区木町通2丁目の「ホテル木町」。JR仙台駅から北西約2キロのビル街の一角に立つ。7階建てで本来は白い壁が黒ずみ、ベランダの欄干のさびが目立つ。
 はす向かいにある木町通小に長女(8)を通わせる薬剤師の女性(37)は「前を通るたびに怖くて娘が心配になる。夫には近づくなと言われている」と話す。
 ホテル木町は1977年4月開業。109室あり、経営した会社が破産する99年1月まで営業した。
 「ホテルと名が付くが実態は分譲マンション。各部屋に今も持ち主が存在する」。所有者の一人、片倉英則さん(57)=青葉区=が教えてくれた。
 経営会社は開業時、1〜3階を宿泊用として管理し、4〜7階を一般に分譲したという。「東北初の高級ホテル分譲」。当時のパンフレットにはこんなうたい文句が躍る。
 「東北大医学部に通う子どもの下宿にしたり、セカンドハウスとして利用したりする所有者がいたようだ」と片倉さんが振り返る。
 廃業後の2002年、宿泊用だった部屋も競売にかけられ、全室が人の手に渡った。所有者は現在も県内外に100人超。反社会的勢力や実態不明の会社も登記簿に記されていた。電気や給排水などの設備は管理されず今日に至った。
 「所有者以外の人間が住み着いている」とのうわさも絶えない。仙台北署も何者かが建物に出入りしている事実を把握している。だが現実には「住む権利も保障しなければならず、簡単に排除できない」と捜査関係者は言う。
 市によると、建物は修繕勧告するほどの状態ではないという。管理組合がなかったこともあり、市建築指導課は「指導が必要になっても、窓口となる組合がなければ手の付けようがない」と説明する。
 状況を打開しようと片倉さんが全所有者に協力を呼び掛け、昨年7月にホテル木町管理組合を設立。修繕や建て替えを視野に、手続きを進める。片倉さんは「早く近隣住民の不安を解消できる状態にしたい」と話す。

■分譲マンションに「廃墟」リスク

 ホテル木町の現状は、都市部の一等地に立つ高層の建物が不良物件と化すリスクを浮き彫りにした。仙台市内では他にもマンションなど管理が行き届かなくなる建物が目に留まるようになった。関係者からは「どの物件も廃虚になり得る」と懸念の声が上がる。
 市が2016年、マンション約1400棟の住人らを対象に実施した調査で「管理組合がない」(13棟)「大規模修繕工事に十分な積立金を集めていない」(79棟)など、建物の長期的な維持管理を巡る課題が浮かび上がった。
 市内のマンション分譲は1970年代に始まり、築30年以上が300棟を超す。市住宅政策課は「著しく老朽化した建物が放置されれば周囲に危険を及ぼす」と危惧する。
 青葉区錦町にある築46年の5階建てマンションは、2016年ごろに屋根の一部崩落が確認された。通行人に直撃する恐れがあったが今も修繕されていない。ある所有者は「住んでいない所有者もおり、修繕の合意形成は現実的に無理」とこぼす。
 長期修繕計画があっても万全とは言い切れない。宮城県マンション管理士会の高橋悦子会長は「30年たてば大災害が起き、建築基準が変わるかもしれない。分譲時の計画が永久に完全ではない」と語る。
 機械式の駐車場や免震ゴムなど大規模設備の更新費は想定より膨らみがちで、負担費用の大幅な見直しを迫られるケースもある。
 東日本大震災後は、改修や解体を巡る住民の合意形成の難航ぶりが顕在化。10月の台風19号では、浸水や土砂崩れなど想定外の被害に遭う物件も相次いだ。
 高橋会長は「数十年単位で不動産価値を保つため、実態に応じて建物を修繕できる組合運営が求められる」と指摘する。
(鈴木悠太、野界航也)


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2019年12月15日日曜日


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