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往時の威容再び 山形・遊佐龍頭寺の仁王像 150年ぶり遷座

修復作業を経て、本堂玄関に再び安置された阿吽の仁王像

 鳥海山修験道で最大の拠点だった鳥海山麓の龍頭寺(山形県遊佐町)で、本堂玄関に立つ阿吽(あうん)の仁王像1対が約150年ぶりに一時遷座した。像は一部が修復され、片方の吽形(うんぎょう)の首元に見つかった墨書きで、1792(寛政4)年の造立時期も判明。姿勢などを正した上で再び安置され、往時の威容がよみがえった。
 仁王像はともに高さ約3.3メートルで朱色の寄せ木造り。本堂玄関の改修工事に伴って10月上旬、いったん本堂内に移動させた後、台座などの完成を経て、今月12日に元の位置に戻された。
 像自体も、顔の寄せ木に隙間ができていたり、肘が外れそうになっていたりしたのを修復。作業中に像から墨書きが初めて発見され、制作したのが現在の酒田市内の仏師や塗師だったことなども分かった。
 仁王像はもともと、現在の鳥海山大物忌神社蕨岡口ノ宮随神門(遊佐町)に安置されていたが、明治政府の神仏分離令や修験道廃止令で、約150年前の1873年、隣接する龍頭寺の本堂玄関に移されたという。
 子どものはしかが軽く済む願いを込め、2体のまたをくぐらせる地元の風習が今に残るが、玄関の木材が劣化して像の重心が後方に傾き始めていた。6月の新潟・山形地震を経て、倒れる懸念は一層高まっていた。
 龍頭寺は、周辺の遊佐町蕨岡の修験宗徒33坊の本寺で、鳥海山大物忌神社を含めた一山を統括して別当職を務めてきた歴史があり、本堂や境内が国登録有形文化財や国指定史跡になっている。
 住職の多次見弘賢さん(66)は「150年前に遷座した時のような立派な立ち姿になった。寺の歴史を知ってお参りに来る方々も多く、たくさんの人に見てほしい」と話す。


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2019年12月16日月曜日


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