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村岡兼造氏死去 「実直」まさに秋田県人 地元、人柄しのぶ

地元の祭りで笑顔で握手を交わす村岡氏=2003年9月、旧本荘市

 「実直」「温和」。25日に88歳で亡くなった秋田県由利本荘市出身の元自民党衆院議員村岡兼造氏は、官房長官をはじめ数々の要職を務めた。地元秋田県の関係者は長年の功績をたたえて人柄をしのび、落選して政界引退に追い込まれるなどした晩年の不遇を残念がった。
 「実直でまさに秋田県人だった」。佐竹敬久知事は26日、取材に答え、「秋田市長時代に国とのパイプ役としてお世話になった。現役時代には本当に面倒を見てもらった」と感謝した。
 由利本荘市選挙区選出の加藤鉱一県議会議長も訃報に驚いた。1999年に地元の旧岩城町長に初当選した加藤氏は、日本海東北自動車道松ケ崎亀田インターチェンジ(由利本荘市)の設置などで尽力してもらったという。「温和で人の話をよく聞いてくれた」と振り返る。
 村岡氏は、自民党の旧橋本派会長代理だった2004年、日本歯科医師連盟(日歯連)から同派政治団体への献金を巡る政治資金規正法違反事件で在宅起訴された。08年に有罪判決が確定した。終始無罪を主張し続けたが、加藤氏は「晩年は、無念なところがあったのでは」と思いやった。
 由利本荘市の無職高橋良栄さん(84)は「村岡ファン」を自認する。「地域で村岡さん以上に大きな仕事をした人はいないのではないか」と語った。
 市内の無職男性(71)も「地元だけでなく秋田県全体のために尽くしてくれた」とたたえた。「最後の最後に恵まれなかった。罪を犯した政治家として残ることは私らにとっても悔しい。不運、不遇、悲運だった」と付け加えた。
 旧本荘市時代に名誉市民になった村岡氏。由利本荘市の長谷部誠市長は「市の発展に多大な貢献をいただいた。偉大な政治家を失ったことは残念でならない」との談話を出した。


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2019年12月27日金曜日


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