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8.5豪雨時の災対本部記録など 大崎市、重要文書保存せず 「命守る資料」専門家警告

宮城県松島町が永年保存している「8.5豪雨」関係文書
松島町災害対策本部の経緯を時系列で記した文書の一部

 宮城県鹿島台町(現大崎市)に大きな被害をもたらした1986年の「8.5豪雨」に関し、大崎市に災害対策本部の記録などの重要文書が保存されていないことが分かった。8.5豪雨は10月に発生した台風19号豪雨と比較されることが多く、専門家は「将来にわたって住民の生命・財産を守る基礎資料であり保存、活用するべきだった」と指摘する。

 河北新報社が災害対応に関する日誌、災対本部の会議録を開示請求したのに対し、市は「いずれも活用する文書としては保存されず、87年に町が作った記録誌『吉田川洪水の記録』だけ残っている」と答えた。
 市は2006年、1市6町が合併して発足。同年、歴史資料として重要な公文書を保存する規定を設け、選別基準に「大規模な災害または災害対策に関する文書」と明記していた。
 重要な文書が残らなかった理由について市政情報課の担当者は「合併後は災害関係の文書保存に努めている。旧町時代にどういう措置を取ったかは不明」と説明する。
 一方、8.5豪雨で被災地となった同県松島、大郷両町はそれぞれ「被災記録関係書」などと題する3冊と2冊を永年保存する。
 松島町は災対本部の時系列の資料、被災状況の写真、土砂崩れの状況記録などを保存。町職員が世帯ごとに聞き取りをした被災状況や住民の苦情、要望に関する文書もある。大郷町は消防団の活動状況や国、県への陳情書などを残す。
 東北大災害科学国際研究所の佐藤大介准教授(史料保存学)は「復旧・復興の過程は数十年、100年単位に及ぶことがあり、記録はずっと作られ続ける。災害に限らず、自治体ごとに公文書館を設置し文書管理システムを構築することが望ましい」と話す。
 東北では17年、大仙市が行政文書と民間の古文書を保存・公開する市アーカイブズを開館させた。多賀城市、宮城県女川町などは東日本大震災などに関する歴史公文書の選別を進める。

[8.5豪雨]1986年8月5日、台風10号から変わった温帯低気圧が千葉県から太平洋側に抜け、関東・東北に被害をもたらした。宮城県の吉田川は4カ所の堤防が決壊し、浸水面積は65平方キロ。計2600棟が床上・床下浸水した。国と同県鹿島台、松島、大郷の3町は災害後、堤防強化など水害に強いまちづくりに取り組んだ。


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2019年12月30日月曜日


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