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藩制時代に不動堂治めた後藤家の歴史、本格調査へ 宮城・美里町教委が古文書250点解読

古文書を解読するため、史料を写真撮影する関係者

 宮城県美里町教委は本年度、藩制時代に町内の不動堂地区を治めた後藤家の研究・調査を本格化させた。東北大、仙台市博物館の協力を得て、約250点の古文書の解読を進め、後藤家の歴史をつまびらかにする。
 不動堂要害に館を構えた後藤信康は、仙台藩祖伊達政宗の重臣で、仙台城築城の際には総奉行(総責任者)を任された。
 後藤家に伝わる長槍(やり)も有名で木製の柄が朱漆で塗られていることから「後藤の朱槍」と呼ばれた。「先祖が織田信長から賜った」とされ、藩の大名行列の名物の一つに数えられていた。
 後藤家に関しては、領知朱印状・知行目録、系図・家譜、御用留(ごようどめ)、書状などの史料約250点が残るが、これまで本格的な調査は行われなかった。旧小牛田町の町史(1970〜73年編集)でもこの史料は取り上げられていない。
 元仙台市博物館館長で町文化財保護委員長の佐藤憲一さん(70)によると、史料は仙台市に移った後藤家当主から依頼され、20年以上、同博物館で保管していたという。
 佐藤さんは「史料は200〜300年前の崩し字のままで翻刻(解読)作業がなされなかった。活字化されなかったため、史料の存在が広く知れ渡っていなかった」と解説する。
 町は数年前から、史料を解読して後藤家と不動堂地区の歴史を知り、文化財として活用できないかを検討し、本年度、調査に着手。後藤家から史料を借り受け、作業を始めた。
 作業は東北大、仙台市博物館から指導を受け、同町と大崎市岩出山地区の「古文書を読む会」会員や文化財ボランティアが協力。10月中に史料を写真撮影してデジタル保存する作業が完了した。解読作業を2022年度までの4年計画で行う。
 町教委教育総務課文化財係の岩渕竜也係長は「調査によって後藤家にまつわる言い伝えの裏付けができ、涌谷伊達家などとの関わりで、新たな発見があるかもしれない」と期待する。


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2019年12月31日火曜日


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