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明治の若者、登山記など暮らし克明に 福島・新地で青年夜学の文集発見、復刻

「暁友」を持つ大須賀さん(左)と復刻版を作った石田さん。後ろは哲麿の教え子たちが1917(大正6)年に建てた記念碑
110年前に記された「暁友」

 約110年前、福島県新地町の「青年夜学」で学んだ若者たちが和紙に筆で記した文集が旧家で見つかった。1910(明治43)年発刊の「暁友 第1号」。収められた「肥料の肝要」「刈田登山記」など33編は当時の暮らしぶりや考え方が分かる貴重な史料だ。町郷土史研究会メンバーによる復刻版も今月下旬に出来上がった。
 見つかったのは当時の駒ケ嶺村菅谷地区(現新地町)で開かれていた青年夜学の文集。小学校卒業後に農家などを継いだ、現在の中高生に当たる世代が終業後や農閑期に学んだという。
 招かれていた先生が村の教育者大須賀哲麿(1858〜1920年)だった。
 「暁友」は哲麿のひ孫、元JR社員大須賀昇さん(71)が町内にある自宅本棚に眠っていたのを見つけた。
 文集の存在を知った町郷土史研究会員の石田功一さん(82)=同町=は「当時の生活の様子が生き生きと見えてきた。1ページごとに手書きで一冊しかない貴重な文集ではないか」と分析し、自費での復刻を決めた。
 内容は「海軍ノ必要」「地震」「苦と楽」「少年ノ戒メ」など多岐にわたる。「刈田登山記」は、蔵王連峰の刈田岳に2泊3日の徒歩行程で登頂した姿が克明に記されている。
 馬の餌の草を刈ろうと山を越え宮城県丸森町に入って見つかってしまい、何とか許してもらった様子が分かる作品もある。
 石田さんは「夜学閉場式の様子を読むと、役員を置き、無欠席者を表彰するなど組織がしっかりしていたことが分かる」と話す。大須賀さんは「今と違って恵まれない時代。真剣に学んだのだろう」と推測する。
 復刻版は100部を作成。町の図書館などに寄贈した。残部を実費(郵送料込み1600円)で分けている。連絡先は石田さん090(9637)1838。


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2019年12月31日火曜日


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