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それぞれの2020東京[1]王貞治さん/おらが五輪 力合わせて

「日本の底力を世界に」と語る王さん=東京都内のホテル

 東京五輪の年が明けた。アスリートの躍動、メダルがもたらすドラマ、海外のファンとの交流。歓声は東北にも響き渡る。期待に胸を躍らせているのは、時代を彩ってきた人たちも同じ。それぞれの「五輪」を大いに語ってもらう。

 1人目は世界のホームラン王、王貞治さん(79)。1964年は一本足打法を確立し、55本塁打を記録した年だった。2006年は代表監督として第1回ワールド・ベースボール・クラシックで日本を世界一へと導いている。スポーツ界への熱い思いは少しも色あせない。(聞き手はスポーツ部・岩崎泰之)

 −56年ぶりの東京五輪です。

 「前回は自分も若く、五輪がどうやって決まり、どういうふうに開催されるのか想像できなかった。日本開催というだけで、自分たちとの距離も遠かった。でも今回は開催決定までの経緯を含め、多くの人が関心を持ってきた。おらが五輪というように、自分たちが関わっている感じがしますね」

 −開催理念に東日本大震災からの復興を掲げます。

 「準備をして鍛錬し、チャレンジする精神の表れがスポーツ。何かにチャレンジすることを身近に感じられたら。それは競技をしない人にも前に進むことを教えてくれる。まだまだ震災を乗り越え切れてはいないが、人々が力を合わせれば大きなことができる。その一つの象徴が五輪だ」
 「前回の五輪は終戦から20年ぐらいしかたっていなかった。それでも日本中が盛り上がり、復興のスピードが上がった。こんなことできるならもっとできるはず、と前に進んだ。その成功に関わった人はこの世におられなくなっているかもしれない。でもその経験は今に伝わっている。今回はもっと盛り上げようと、携わっている人たちは思っている。日本の底力を世界中の人に見てもらいたい」

 −震災から10年目の年でもあります。

 「震災の約1カ月後、釜石市の知人を訪ねた。こちらが被害の深刻さにおろおろしているのに、地元の人たちは『俺たちがやらなきゃ』と復興の気持ちに燃えていた。営々と築いてきた物が波で消えてしまった。自然の力はどうしようもない。だが、人間の力はすごい。乗り越えようとする力がある限り、前に進むことができる」

 −宮城ではサッカー、福島では野球とソフトボールが実施されます。

 「被災した人の大変さは、その人でなければ分からない。われわれができるとしたら、野球の開幕戦などをそちらで開催すること。皆さんに『長い間ご苦労さまでした。よく頑張られましたね。これからも力を合わせて支えますよ』と伝わればいい。これは日本人の総意です」

 −球界も力が入ります。

 「何としてでも金メダルを取りたい。選手たちは日の丸を付ければ燃える。昨年11月の国際大会『プレミア12』は自国開催のプレッシャーを乗り越えて優勝。自信が付いたはずだ。野球が種目として残るためにも、五輪は野球抜きでは考えられないぞという大会にしたい」

 −前回は24歳でした。

 「1964年はシーズンが早く終わり、スポーツ紙の企画で開会式も、東洋の魔女も、陸上男子100メートル金メダリストのボブ・ヘイズも見ました。陸上は戦いなんだというのを自分の目で見た。あの頃、テレビ放送されるのは一部の競技だけ。今度はITの発達でライブで試合を見られる。この50年でがらっと変わったなあ」

 −五輪で王さんを見たかったです。もし出場できるとしたら監督としてですか、それとも選手ですか。

 「やっぱり選手がいいでしょ。監督は大変なだけ。すごい選手ばかり集まるから、勝負に徹して試合に出られない選手が出てくると…。ペナントレースとは気の使い方が違う。出るなら選手ですよ」

[おう・さだはる]東京都出身。東京・早実高から1959年に巨人入団。77年にハンク・アーロンの通算755本塁打の米大リーグ記録(当時)を抜き、プロ通算22年で868本塁打を残した。巨人、ソフトバンクと前身のダイエーの監督を務め、2009年からソフトバンク球団会長。


2020年01月03日金曜日


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