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それぞれの2020東京[2]福原愛さん/人生豊かにしてくれた

「五輪は他の人ができない経験」と振り返る福原さん=東京都内の卓球用品メーカー本社

 東京五輪の年が明けた。アスリートの躍動、メダルがもたらすドラマ、海外のファンとの交流。歓声は東北にも響き渡る。期待に胸を躍らせているのは、時代を彩ってきた人たちも同じ。それぞれの「五輪」を大いに語ってもらう。

 彼女の笑顔に、そして涙に、多くの国民が魅了されてきた。「愛ちゃん」の呼び名で親しまれ、卓球女子で五輪2大会団体メダリストになった福原愛さん(31)は、五輪に出る喜びもメダルの重圧も知っている。一線を退き、今は日本代表チームを温かく見守る。
(聞き手はスポーツ部・剣持雄治)

 −東京五輪イヤーが明けました。

 「自国開催の大会が目の前で見られると思うと…。想像がつきませんね。毎日がお祭り? みたいな気分なのかな。日本選手の重圧は相当だと思います。プラスにできる選手もいれば、重圧を背負ってしまう選手もいるでしょう」

 −五輪に4大会連続で出場しました。

 「今でも夢だったんじゃないかと思えます。メダルを見ると、ようやく実感できるんです。『あ、本当だったんだ』と。ガラスの靴を持ったシンデレラのように。他の人ができないことを経験し、自分の人生を豊かにしてくれるのが五輪でした」

 −2大会でメダル。色も違いますが、思い出もまた違いますか。

 「2012年ロンドンの銀メダルはうれしい、ハッピーの塊でした。これまで卓球界でメダルを取ったことがなく、夢がかなった達成感で満ちていた。一方で16年リオデジャネイロで獲得した銅は苦しさが詰まった、もぎ取ったメダル。プレッシャーがすごく、メダルを取れなかったら日本に帰れるだろうかと考えていました」

 −大会後は東日本大震災の被災地に足を運びました。

 「ロンドン大会の時、メダルを取って来ると約束しました。人生初めての有言実行。表彰台で首に掛けてもらった時より、仙台の子どもたちに掛けてあげた時の方が比べものにならないほどうれしかったです。メダルが100倍くらいの大きさなら、ケーキのように一人一人に切り分けてあげたかった」

 −現役引退から1年余り。ラケットを置いて初めて迎える五輪が東京大会です。

 「今まで応援してくれた人がどれだけ大変な思いをして駆け付けてくれたのか、選手とは違う立場になって感じます。言葉が通じない国で、チケットやホテルを手配して、会場まで移動するって大変なことです」
 「ある大会で、試合モードに入っていたのでファンのサインを断ってしまったことがありました。その人にとっては私が試合に勝つよりもサインをもらえる方がよかったのかも。今になり、勝つよりサインを優先すればよかったと後悔しています」

 −今、日本代表チームにいたら何をしていると思いますか。

 「おにぎり担当かな。(伊藤)美誠ちゃんには特大サイズ。(石川)佳純ちゃんはノートを取ったり、映像を見たりしながら食べるから一口サイズ。私はそっと見守っているのが一番いい」

 −東京五輪で競技以外に期待していることはありますか。

 「昨年の正月、台湾の家族と一緒に仙台で過ごしました。牛タン、テールスープなどを気に入ってくれた。海外の方には、五輪だけでなく、旅行でも日本を楽しんでもらいたいと思います」

[ふくはら・あい]3歳で卓球を始め「天才少女」として全国的な人気を集める。2004年アテネ五輪に日本卓球史上最年少15歳で出場すると、16年リオデジャネイロまで4大会連続代表入り。16年に結婚し、2児の母となる。18年に現役引退。仙台市出身。


2020年01月04日土曜日


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