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女川での震災支援体験を現地で発信 インド災害対応部隊元隊長、秩序ある避難生活紹介

震災直後の支援活動について説明するアロックさん

 東日本大震災直後、宮城県女川町へ支援活動に入ったインド政府の国家災害対応部隊(NDRF)の元隊長が、被災地での経験を「10の教訓」にまとめ、インド国内で発信している。同国は洪水や地震、干ばつなどが頻発する災害大国でもある。講演活動などを通し、東北の被災者から得た学びを国民の備えに生かす。
(石巻総局・関根梢)

 「あの女川が、こんなに素晴らしい町に生まれ変わったのか」
 NDRFの陣頭指揮を執ったアロック・アワスティさん(50)は、JR女川駅前の商業エリアの写真を手に感嘆した。震災当時、目の当たりにしたがれきの山からは想像もつかなかった光景だ。
 NDRFは2011年3月28日、初の国外派遣として来日。救助隊員や医療従事者ら46人が約1週間にわたり、行方不明者の捜索やがれきの撤去に奔走した。遺体を発見すると、インドの慣習に従って2分間の黙とうをささげた。
 アロックさんは「切迫した状況にあっても女川の人々は落ち着きを失わず、われわれを気遣ってくれた」と尊敬と感謝の思いを込めて振り返る。
 震災で女川町は人口約1万のうち、800人以上が犠牲になった。避難所に身を寄せた町民らは悲嘆に暮れながらも、救援物資を分け合った。徹底された秩序ある行動はアロックさんの胸に刻まれた。
 帰国後、アロックさんは自身の体験を元に教訓を10にまとめた。「全員に物資が行き渡るよう、必要なものだけを手にする」「水や食料の配給時は整列する」
 日本ならではの価値観やルールを簡潔にまとめ、国内での講演会などで紹介している。日本大使館の依頼を受けたこともあったという。
 「女川で多くを学ばせてもらった。私たちの小さな活動が、町の復興に少しでも貢献できたならうれしい」とアロックさん。インドと日本の国旗をかたどったバッジを制服の胸元に光らせ、東北の被災地を思い続ける。


2020年01月05日日曜日


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