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<とうほくドローンeye>おくのほそ道編(14)石巻/路(みち)ふみたがえ

牡鹿半島の先端にある金華山。〈海上に見わたし〉と芭蕉は記したが、石巻市の中心部からは見えない

 どうやら芭蕉は道に迷ってしまったらしい。松島から平泉へ向かおうとしたら、いつの間にか<人跡稀(じんせきまれ)>なる道を歩いていた。
 行き着いたのは、河口に<数百の廻船(かいせん)>がひしめく石巻。そのにぎわいぶりに芭蕉は驚いてしまった。曽良の『旅日記』は、日和山に登って石巻を一望したことを記す。1泊してまた北へ向かう途中、歌枕の地もいくつか確かめた。
 思いがけない港町への旅だったが、果たして本当に迷ったものかどうか。
 「道中、奥州随一の港である石巻のことを聞き、実は一目見たかったのではないでしょうか」。日和山にある鹿島御児(みこ)神社で禰宜(ねぎ)を務める窪木好文さん(48)が推し量る。
 神社の鳥居の向こうに広がるのは、石巻の街と大海原。芭蕉が眼下に眺めた時から330年を隔てた今、海辺は復興への長い道のりのさなかにある。
(写真部・庄子徳通、小林一成)


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2020年01月11日土曜日


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