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「それぞれの五輪」ロバート キャンベルさんに聞く【インタビュー全文掲載】

「東北の思いに触れて」と話すキャンベルさん=東京都立川市の国文学研究資料館
「東北の思いに触れて」と話すキャンベルさん=東京都立川市の国文学研究資料館

 夏に迫った東京五輪。かつて大舞台を彩ってきた人たちも期待に胸を躍らせている。それぞれの「五輪」を大いに語ってもらった(2020年1月に河北新報紙面とオンラインニュースに公開したインタビューの全文を掲載します)。

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[ロバート キャンベル]米ニューヨーク市生まれ。1985年に来日し、東大大学院教授などを経て2017年から国文学研究資料館長。東大名誉教授。専門は江戸・明治時代の文学。特に江戸中期から明治の漢文学、芸術、思想を研究する。

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 東京五輪は日本で暮らす外国出身者にどう映っているのか。テレビや雑誌などさまざまなメディアで活躍する日本文学研究者のロバート キャンベルさんは日本に来て35年。「おもてなし」や「復興」「令和」と話しは多岐にわたる。
(聞き手はスポーツ部・岩崎泰之)

 ―五輪イヤーです。スポーツしていますか。

 「お酒や音楽のようにスポーツは人を結ぶ。競争の原理はあるが、基本は自己研さん。近所のジムに通っているけれど、悪い人に会ったことがない。くさくさしたり、閉ざしたりしている人に会ったことがない。私は生きる上でのメンテナンスとして体を動かすけど、スポーツの仲間の絆は強い。一緒にやっている人は私を支えてくれるし、私も支えたいと思う。体を動かしたり、その場で見たりするのはすごく楽しい」

 ―海外から大勢の人が五輪を見に来ます。

 「昨年のラグビー・ワールドカップ(W杯)はどの会場も外国人が多かった。愛知や熊本に出張で行った際もたくさんいた。彼らは日本の物を食べたり人と話したりすることにすごく貪欲。日本で暮らす人たちは彼らが来ることを楽しめばいい。最強の遊び相手が集まる。大いに遊べばいい。日本のおもてなしは大事だけど、それだけではお互い疲れちゃう」
 「ラグビーW杯でスコットランドから観戦に来た男たちはキルトを着ていた。彼らにとっては自分たちがおもてなしをしているつもり。そのパワーたるや、迎え撃つ方がたじろぐくらいです。日本の人たちは大真面目に粗相がないようにお迎えするのでなく、期間中に居酒屋に誘ってみるとか一緒に遊ぶことが大事だと思う」

 ―一部競技は東日本大震災の被災地で行われます。

 「東京に暮らしていて、東京五輪の理念の一つである『復興五輪』はよく見えず、残念に思う。ただ、来日する人たちはすごく地方に行きたがる。東北はちょうどよい季節。震災のことや原発事故のことを意識している人は相当いるはず。彼らには東北の魅力や人々のユーモア、この10年間どのようにして自分たちの社会を再建しようとしているのか、東北の人たちの思いに触れてもらいたい」

 ―多くのメディアに関わっていますが、スポーツ報道に関して思うことはありますか。

 「私はスポーツ報道を見ないんですよ。新聞やテレビでも見ることはほとんどない。テレビ番組に出ると、私のことを知っている人はその話題を振らない。何のコメントも出ないから。テレビでサッカーを観戦する意味がよく分からないのです。遺伝子的に染色体が欠けているとしか思えませんね」

 ―五輪観戦には行きますか。

 「いっぱいエントリーしていっぱい落ちました。2回目の公募で唯一手に入ったのが王道の陸上100メートルです。(陸上世界選手権男子400メートル障害で2度銅メダルを獲得した)為末大さんが仲間なので、障害も好きです」

 ―五輪を前に、令和の時代となりました。

 「明治や平成などの元号は為政者の視点を反映したネーミング。令和は万葉集から。春の風に梅の花が散る景色の歌から取っている。質的に今までの元号と違う。1990年代にバブルがはじけ、人々が会社を運命共同体として見るような戦後のビジネスモデルが崩れた。自分の人生をどうつくるのかと考えるようになり、文化的には春の風のような、温かい風が吹いている。これまでの文化から新しい枝葉が伸び、再建されようとしていることと、令和というイメージがシンクロしている」

 ―東北を含めた日本の文化をどう見ていますか。

 「種族主義が加速化して社会が分断される世の中で、日本の人々は柔軟性とファクト(事実、現実)を見つめて行動する意欲がある。俳人小林一茶に『花の陰あかの他人はなかりけり』という有名な句がある。花見の場所では身分も性差もなく、しょせんは他人だけど、人々がいろいろなものを持ち寄って、どこかでつながっている。支え合っている。人々が許し合う、しなやかな力は日本の文化の特色。五輪は『花の陰』になってくれるでしょう」

 ―五輪とは関係ないのですが、今の人たちの言葉遣いについてどう考えますか。

 「言葉は生き物。現代的な言葉遣いはいけない、とは思わない。面白いのはSNSが普及して、方言が復活していること。『コスプレとしての方言』と言われていて、宮城の方言を大阪や福岡の人が使ったりする。なんちゃって関西弁とか。アクセサリーのような方言は一つの進化形に見える」
 「10年前と比べ、日本語がSNSで書かれるようになった。電話で話すのでなく、文章を作るようになった。SNS的文章が口語に影を落としたりしている。日本語は書き言葉として長い歴史があって、明治時代に言文一致になった。SNSが発展してSNS的な日本語と、話している日本語がまた離れようとしている。これからまたすごく面白くなる気がする」


2020年01月20日月曜日


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