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<とうほくドローンeye>おくのほそ道編(17)尾花沢/高山森々(こうざんしんしん)

芭蕉が山形に入ったのは初夏。一面の紅花を楽しんだかもしれない=天童市

 山刀伐(なたぎり)峠。出羽の国に向かう芭蕉主従は不気味な名の山道を越えなければならなかった。屈強な地元の若者に案内を請い、恐る恐る越えた。
 山中の様子を<高山森々として一鳥声きかず>と記す。北宋の王安石が詠んだ<一鳥鳴かず 山更(さら)に幽なり>の心持ちだったのかもしれない。
 山刀伐峠は今なお険しい。中腹にトンネルが掘られ車が行き交うようになったが、芭蕉が歩んだ道ははるか上の頂。昔と変わらず、冬の雪が行く手を遮る。
 尾花沢で芭蕉を待っていたのは豪商鈴木八右衛門。清風という名の俳人でもあった。<まゆはきを俤(おもかげ)にして紅粉(べに)の花>などと詠み、10日以上もくつろぐ。清風は紅花商だった。
 「尾花沢で詠んだ句は、もてなしへの感謝の気持ちにあふれています」。「芭蕉、清風歴史資料館」の後藤吉美館長(67)が話す通り、長旅へのいたわりをかみしめていた。
(写真部・庄子徳通、小林一成)

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2020年03月02日月曜日


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