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<アングル福島>大熊で被災した父娘の1年 今後も古里見守る

【帰郷】「いろいろな海に行ったけど、ここは特別な場所」。自宅近くの熊川海水浴場で愛犬ベルと遊ぶ舞雪さん。約8年半ぶりの帰郷は約3時間ほどだった=2019年8月25日
【慰霊】次女汐凪さんの遺体の一部が見つかった場所で、知人らと手を合わせる舞雪さん(左から2人目)と紀夫さん(左)=2019年8月25日
【伝承】避難指示が解除された同町大川原地区で、東京から訪れた大学生に町の現状を話す紀夫さん。津波と原発事故を受けた自身の体験を全国の講演会などでも伝えている=2月8日
【建設】廃炉作業が続く福島第1原発を望む高台は自宅跡から1キロほど。周辺では中間貯蔵施設の建設が進んでいる=1月26日

 「あの日とあまり変わっていない」。昨年夏、東日本大震災後初めて古里を訪れた木村舞雪(まゆ)さん(19)がつぶやいた。
 自宅があったのは、東京電力福島第1原発事故によって今も避難指示が続く福島県大熊町の熊川地区。原発から約3キロの海沿いにあり、津波で母親と妹汐凪( ゆうな)さん、祖父が犠牲になった。
 父親の紀夫さん(54)と共に長野県へ避難していた舞雪さんは昨年、東京都の専門学校へ進学。紀夫さんも古里に近いいわき市に住まいを移し、いまも汐凪さんを探し続けている。
 同町沿岸部には、除染作業に伴って出た廃棄物を保管する中間貯蔵施設が立地した。山積みのフレコンバックも増え続け、古里には今も津波と原発事故が濃い影を落とす。紀夫さんは不安を隠しながら話す。「この地がどうなっていくのか。ずっと見守っていきたい」
(写真部・川村公俊)


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2020年03月09日月曜日


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