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止まった時計、玄関先に 「あの日の前に戻して」 帰れない浪江・津島

「2時46分」で止まった時計を見つめる後藤さん夫妻

 福島県浪江町の山あいの津島地区(旧津島村)は、東京電力福島第1原発事故で高線量の放射性物質が降り注ぎ、自由に立ち入りできない帰還困難区域の指定が今も解かれていない。古里があるのに、戻れない−。もどかしさと、悔しさを抱えて避難生活を続ける住民の苦闘の9年を追った。

 2時46分。「あの時」で止まった時計が民家の玄関先に掲げられている。なぜ掲げたのか、当の本人は明かそうとはしない。

 2月中旬、同町赤宇木(あこうぎ)地区の後藤正広さん(80)が妻由美子さん(76)と自宅を訪れた。
 「イノシシの野郎、畑を荒らしやがって」。怒った口調で周りを見渡す。1年ぶりの一時帰宅に、うれしそうな表情もにじませた。
 20年ほど前、一家4人で埼玉県北本市から移り住んだ。田舎暮らしに憧れた正広さんが、雑誌で紹介されていた赤宇木の自然環境にほれ込んで決めた。
 何もかも新鮮だった。地元の住民から正広さんは山菜やきのこの採り方、由美子さんはキュウリやネギの育て方を教わった。自然の恵みを頂き、四季の移り変わりを感じ取った。
 夏場、由美子さんは車がめったに通らない自宅前の道路に寝そべり、星空を眺めた。
 赤宇木の澄んだ夜空を埋め尽くすように、満天の星が瞬く。「夕暮れになると風が吹き抜け、何とも心地よかった。広い空に、たくさんの星が瞬いていた」
 充実した田舎暮らしは原発事故で突然、終わりを告げる。第1原発が水素爆発を起こしたと知り、毛布と当面の着替えだけ抱えて自宅を後にした。

 帰還困難区域に指定されても、当初はまめに一時帰宅をして手入れを欠かさなかった。庭木を丁寧に刈り取り、除草剤をまいた。しかし由美子さんは、次第に足が遠のくようになる。
 「戻れる時に備えて手入れをしたが、見通しが立たない。いくら手入れをしたところで、結局は帰れないのではないかと諦めるようになった」
 自宅の入り口付近の放射線量が1時間当たり81マイクロシーベルトと、周辺に比べて高いことも一時帰宅への熱意を冷え込ませた。
 時計が玄関先に掲げられたのは3年ほど前。頻繁に足を運び、自宅を片付けていた次女(52)が取り付けた。
 由美子さんから理由を尋ねられても「面白くないから」と多くを語らない。原発事故後の避難生活で心に深い傷を負った次女。いくら時が経過してもどうにもならない現状にいら立って掲げたらしい。
 一家4人は今、南相馬市鹿島区の一戸建て住宅で暮らしている。近くにスーパーもコンビニエンスストアもある便利な暮らし。だが由美子さんは、心に穴が開いたような物足りなさを感じる。
 かなうなら、楽しかった田舎暮らしをもう一度味わいたい。自然の恵みに囲まれ、清涼な風を全身で受け止めたい。
 「そして、空気がおいしくて、水もきれいな赤宇木に戻してほしい。4人で楽しく暮らした2時46分の前の赤宇木に」(福島総局・吉田千夏)


2020年03月10日火曜日


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