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無念の遺骨、行き場失う 遺族「どこに納めれば」 帰れない浪江・津島

長安寺の別院で陸さんの遺骨に手を合わせる春江さん

 福島県浪江町の山あいの津島地区(旧津島村)は、東京電力福島第1原発事故で高線量の放射性物質が降り注ぎ、自由に立ち入りできない帰還困難区域の指定が今も解かれていない。古里があるのに、戻れない−。もどかしさと、悔しさを抱えて避難生活を続ける住民の苦闘の9年を追った。
 
 帰郷を果たせない無念の遺骨が、住宅街の一角に眠っている。

 福島市西中央にある長安寺別院。剣道場を改装したお堂に、福島県浪江町の津島地区の墓に埋葬されるはずだった約100柱が安置されている。骨つぼの前には位牌(いはい)のほか、菓子や飲み物も飾られている。
 線香の香りが漂う部屋の片隅で、静かに手を合わせる女性がいる。三瓶春江さん(60)。義父の陸さんが最期に発した言葉が脳裏にこびり付く。
 「津島に帰りたい、連れて行ってほしい」
 津島生まれの陸さんは中学卒業後、町役場に勤務。地区会長や檀家(だんか)の役員を引き受け、津島のことを第一に考えて行動する人だった。4世帯10人で暮らし、孫やひ孫をかわいがる優しいおじいちゃんでもあった。
 東京電力福島第1原発事故後の長い避難生活が陸さんの体をむしばんだ。外出が極端に少なくなり、運動量がめっきり減った。肝臓や胃にがんも見つかった。それでも回復を信じ、家族の前では気丈に振る舞った。
 体の不調を訴えて入院したのは2018年9月。弱気になったようで、見舞いに訪れた春江さんに「帰りたい」と言い出した。
 「あした、先生に相談してみるね」と春江さんは応じたが、陸さんは不安そうに春江さんの手を握り、離そうとしなかった。
 「本人は最後の願いになると悟っていたのではないか」と春江さんは言う。陸さんはその後、静かに目をつぶった。「一緒に津島に帰ろうね」。春江さんが何度も呼び掛けたが陸さんから返事はなく、2日後に亡くなった。87歳だった。

 福島市内で荼毘(だび)に付したが、遺骨を津島に納めることには抵抗があった。放射能に汚染された帰還困難区域の墓地で1人にさせれば、陸さんが寂しがると思ったからだ。浪江町南津島にあった長安寺が市内に別院を設けたこともあり、同年11月、遺骨を預かってもらった。
 長安寺住職の横山周豊さん(79)も原発事故の避難者だ。古里を追われた町民の思いが痛いほど分かる。
 「亡くなる直前まで津島のことを思っていた人たちばかり。無念さを少しでも供養できるといい」。毎日祭壇に手を合わせ、鎮魂を祈る。
 仏教では四十九日の法要が、故人が現世に別れを告げ、遺族が納骨を考える一つの節目ともなる。しかし長安寺の約100柱は行き場を失い、遺族も区切りを付けられずに悩み続けている。
 避難先の自宅の一室に今も母親の遺骨を置く津島地区の男性(65)は言う。
 「死んだらみんな浄土に行きたいと言うが、避難中に亡くなった人はむしろ津島に帰りたいと思っているのではないか。古里への思いを残した遺骨を避難先の墓地に納めるなんて、俺にはできないよ」
(福島総局・近藤遼裕)


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2020年03月04日水曜日


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