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<非行少女のあした>兄から性的虐待、中学で覚醒剤 風俗勤めに葛藤の日

ルイさんは一人になると「このままでいいのか」と自らに問うことがあるという=仙台市内

 未成年で窃盗や覚醒剤使用などの罪を犯し、少年院での生活を経て更生に向けて歩む女性がいる。多くが幼少期に家族から虐待を受けた経験を持ち、成人した後も精神的、経済的に自立できずにもがいている。消せない過去や深い心の傷−。女子少年院の出院者らの証言を基に、彼女たちを希望へと導く道しるべを探る。
(報道部・大芳賀陽子)

 仙台市内に住むルイさん(27歳・仮名)は築約30年のアパートに、就学前の娘と2人で暮らす。たまの休日、娘と公園に出向き、娘の好きな花を眺めるのが、心安まるひとときだ。
 キャバクラと風俗店で働き、5年近くがたつ。「子どもに胸を張れる仕事をしたい。でも、世の中になじめるか、不安が大きい」と力なく語る。
 住まいと保育園は、勤め先が提供してくれた。今の暮らしを変えたくても、変えられない−。ジレンマを抱え、日々を過ごす。

 ルイさんは中学生の頃、覚醒剤に手を染めた。当時はほとんど友人がおらず、インターネットにつながりを求めた。ネットの掲示板を介して知り合った大学生と交際し、相手から「恋人の証しだ」と覚醒剤を勧められた。
 覚醒剤を買うお金を稼ぐため、交際相手に言われるがまま、売春を繰り返した。「犯罪だとか自分の体がどうなるとか、どうでもよかった。とにかく家に帰らないためにどうしたらいいか。そればかり考えていた」とルイさんは振り返る。
 物心ついた頃に実の兄から性的な嫌がらせや虐待を受け、家庭が忌み嫌う場になっていた。
 覚醒剤使用が警察沙汰となり、17歳で、当時暮らしていた西日本の女子少年院に入った。
 他人を信用できなくなっていたルイさんの人生を変えたのは、少年院の教誨(きょうかい)師との出会いだった。「自分が兄にされてきたことを唯一、話せた人」。感謝の思いは尽きない。自分のために怒り、涙してくれる人の存在が、すさんだ心を癒やしていった。
 18歳で少年院を出た後は進学せず、定職に就こうと決意した。飲食店の面接を数社受け、ことごとく採用されなかった。社会から不要な人間だと言われたようで、自信を失った。当時は他人と意思疎通を図るのが苦手で「接客業では致命的」と自らに言い聞かせた。

 21歳の時、当時の交際相手に請われ、仙台に移り住んだ。ここでも、就職を希望した量販店や飲食店に採用されず、生活のためにと風俗店で働くことにした。
 今の暮らしの中で、一人になると、ふと「このままでいいのか」と自問自答することがある。
 そんなルイさんには、支えになる言葉がある。少年院の教誨師に諭され、日記に書き留めている。
 「人生で無駄なことは一つもない。少年院に入ったことも必要だったと思える人生にしよう」
 進むべき道を見失いそうになった時、自らに言い聞かせている。

[メモ]法務省の少年矯正統計調査によると、2018年に全国の女子少年院を出た150人(成人を含む)のうち、出院時に就職か復学・進学が決まっていたのは各15人。それぞれ全体の1割にとどまる。女子少年院では主に、園芸や情報処理などの職業訓練を受ける。男子少年院では、電気工事や自動車整備など在院中に資格を取れる実務的なカリキュラムを設ける施設もある。


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2020年03月18日水曜日


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