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<うみの杜で働く>飼育員・寺沢真琴さん「遠い海と来館者つなぐ」

餌やりを通してセーラとの絆を深める寺沢さん

 仙台うみの杜水族館(仙台市宮城野区)は7月、2015年のオープンから5年を迎える。同年閉館したマリンピア松島水族館(松島町)の後継として、仙台港背後地に誕生した東北最大の水族館は、昨夏に来館者数500万人を突破した。三陸の海の魅力発信に知恵を絞り、希少動物の繁殖や健康管理に心を砕くスタッフの奮闘を追った。(報道部・三浦夏子)

 「終わるという実感はなかったが、常連客の顔を見て涙が止まらなかった」
 15年5月10日、88年の歴史に幕を下ろした松島水族館。イロワケイルカ「セーラ」の飼育員寺沢真琴さん(30)は来館者がぎりぎりまで別れを惜しみ、従業員が最後の1人まで見送った光景を忘れられない。
 この年の7月、横浜八景島(横浜市)が運営するうみの杜水族館にセーラと共に移籍したが「ふるさと」の記憶は今も色あせない。

 七ケ浜町出身。幼稚園の遠足で松島水族館を訪れ、イルカの飼育員を夢見た。11年1月、北里大海洋生命科学部3年の時に実習の機会に恵まれ「縁があればここで働きたい」と思った。
 憧れの地は2カ月後、東日本大震災の津波に襲われた。1階は全て浸水し、マンボウやビーバーが死んだ。寺沢さんの実家も流され、大船渡市の大学キャンパスも被災した。後ろ髪を引かれるような思いで東北を離れ、神奈川県で残り少ない学生生活を送った。
 混乱が続く中、水族館は4月に営業を再開。あまりの早さに驚いたが、久々の明るい知らせがうれしかった。「絶対に復興するという意思を感じた。自分も家族や地元のために働く」。憧れは決意に変わった。
 12年4月に飼育員として採用され、ほとんどの月日をセーラと過ごしている。相棒は水族館で一、二を争う人気者だが、生真面目で臆病なのが玉にきずだ。
 うみの杜は水槽に天井がなく、松島よりも周辺の音が聞こえやすい。移籍した当初、セーラが水槽内をぐるぐると回り続けて心配したが、約2週間で落ち着きを取り戻し、ほっとした。

 新天地はスタイリッシュで、観光客にも地域住民にも愛される水族館。松島は観光地にあったためか、住民にはやや行きにくかったが、とにかく楽しいものがたくさんあり、ごちゃごちゃした雰囲気が好きだった。愛着のあった場所は跡形もなく、寂しさが募る。
 移籍から間もなく5年。セーラは国内最高齢の28歳になった。気難しい性格は相変わらずだが、展示水槽を悠々と泳ぎ、来館者を魅了している。
 「希少な生き物の生態や魅力を知るきっかけをつくりたい。遠い海の世界と来館者をつなぐ」。ふるさとはなくなっても、培った信念が揺らぐことはない。

[マリンピア松島水族館]1927年、松島町に開館。当時、国内で2番目に古い水族館だった。84年にマンボウの長期飼育で世界記録を更新した。2008年に仙台市への移転計画を打ち出したが、資金不足で断念し、15年に閉館。同年オープンした仙台うみの杜水族館が、ほぼ全ての魚や動物と全飼育員28人を引き継いだ。


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2020年03月17日火曜日


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