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声を失っても… 病状の進行に備え肉声録音 「声は私の分身」

口にくわえたセンサーでパソコンを操作する酒井さん。画面に文字を打ち出し、意思を伝える=仙台市太白区のにじいろのいえ

 自分の意思や要求、感情を相手に伝える「声」。病気や障害のため、その身近なコミュニケーション手段を奪われた人たちがいる。「失声」を受け入れ、共に生きる宮城の人たちの挑戦と決断の日々を追った。
(報道部・石川遥一朗)

 仙台市太白区のホームホスピス「にじいろのいえ」は、末期がんや筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者が暮らす。
 「よく来たな」。ALSを患う酒井誠治さん(67)は、施設を訪ねてくる人を明るい声で出迎える。
 4年前に録音した自らの肉声。病状が進行し、今はもう声を出せなくなった酒井さんに代わり、ベッドサイドのパソコンが発する。
 録音した単語や文章は約80種類。センサーをくわえ、わずかなあごの筋肉の動きでパソコンを操作し、再生したい言葉を選ぶ。
 ICT(情報通信技術)でALS患者らの意思伝達を支援するNPO法人せんだいアビリティネットワーク(青葉区)が2012年に始めたサービスを使う。
 長男学さん(35)、長女麻衣さん(32)を呼ぶ声も録音していた。「まなぶ」「まい」と再生すると、2人はいつも笑顔になる。
 酒井さんは「画面に打ち出した文字を読むだけなら誰がやっても同じ。自分の声が出せると、自分も相手も『酒井誠治』の言葉として感じられる」と語る。
 アビリティネットワークによると、現在の技術では五十音を1語ずつ録音し、自由に組み合わせ、すらすら読み上げることは難しい。音声合成ソフトは開発されたが、音のつながりがまだ不自然で、使用頻度が高い単語や文章を録音しておくのが精いっぱいという。
 ALSを患い、青葉区の自宅で療養する40代男性は昨秋、自分の肉声を録音した。すぐ後に病状が悪化し気管を切開。発話が全くできなくなった。現在はわずかに動く右腕でパソコン画面に言葉を打ち出し、意思を伝えている。
 「20歳の誕生日おめでとう」「結婚おめでとう」。男性が録音したのは、今はまだ10代の娘たちに将来掛ける言葉だ。大人になる過程で壁にもぶつかるだろうと想像。「諦めるな」「やればできる」と激励のメッセージも残した。一言一言、万感の思いを込めた。
 「単に自分の声がパソコンから出せればいいというわけではない。音声技術が向上したとしても、心がこもらない言葉なら意味がない。父親としての思いと感情を家族に残したい」
 男性は胸の内をこう説明すると、パソコン画面に文字を書き足した。
 「声は私の分身だ」

[筋萎縮性側索硬化症(ALS)]筋肉を動かす運動神経細胞が徐々に壊れ、自分の意思で体を動かせなくなる難病。食べる、歩く、話すなどが難しくなり、病状が進むと呼吸困難で人工呼吸器が必要になる。五感や記憶、知性の障害は見られない。進行を遅らせる薬はあるものの、完治させる治療法はない。2019年3月末時点で国内の患者数は約1万人、県内は約200人。


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2020年03月26日木曜日


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