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声を失っても… 「筆談で世界とつながる」 詩に心託す

紀子さん(奥)の助けを借り、筆談で意思を伝える桂さん

 自分の意思や要求、感情を相手に伝える「声」。病気や障害のため、その身近なコミュニケーション手段を奪われた人たちがいる。「失声」を受け入れ、共に生きる宮城の人たちの挑戦と決断の日々を追った。
(報道部・石川遥一朗)

 仙台市太白区の詩人大越桂さん(31)が筆談でつづった詩「伴走するあなたと」は、母紀子さん(58)に支えられて言葉を紡ぎ出す喜びにあふれる。
 「私の声になる人がいるから 閉ざした希望が空を羽ばたく(中略)私の身体が動けなくても 私の心はいつでも自由だ」
 桂さんは12歳の時、気管切開手術で声を失った。低体重で生まれ、重度の脳性まひにより手足が思うように動かせず、寝たきり生活を送る。強い弱視もある。
 一人ではペンを握れず、筆談も介助が必要。紀子さんが桂さんのわずかに動く左手首を握って支える。桂さんは紀子さんの手のひらにひらがなを書き、紀子さんが読み上げる。
 声を失う前も言葉を話すことは難しかったが、意思の伝達はできた。「あー」「いー」と発声し、周囲の人は声音から「はい」「いいえ」と判断していた。
 声を失い「ただそこにあるだけの『石』になった」と思った。「感情の出口がなくなり、気が狂いそうだった」と当時を振り返る。
 筆談に出会ったのは、名取支援学校(名取市)中等部1年の時。訪問学級の教諭に「少しだけ動かせる左手で字が書けないか」と提案され、字を習い始めた。
 筆談で世界は変わった。桂さんが言葉を理解していると分かると、周囲の態度は一変。あいさつもしなかった看護師や医師の態度が丁寧になり「人間として扱われるようになった」。
 その後、詩を作り始め、2004年からはブログで発表している。詩集などの著書も4冊を出版した。
 桂さんは詩を詠む意義を「自分にも豊かな内面が存在することを形にする」と説明する。「ただの『石』にはなりたくないから書き続けている」とも語る。
 声に出して読めない詩を朗読してもらうのがうれしい。「朗読されると詩は新たな作品に生まれ変わる。声は生命の息吹」と話す。
 自作の詩「花の冠」の一節は11年、当時の野田佳彦首相が所信表明に引用し、国会で読まれた。「野田さんのあの声で、背広を着たような立派な作品に生まれ変わった」と思い返す。
 「声は失っても、筆談で言葉を紡ぐことで世界とつながっていられる」。桂さんは詩に生きる証しを託す。

[脳性まひ]脳が発達する胎児の頃から新生児期に脳が受けた障害などのため、運動機能がまひし、体が不自由になる身体障害の一つ。症状はさまざまあり、手足がこわばって硬くなったり、過剰に動き過ぎたりする。発声器官にまひがある人は話すことが困難になる。


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2020年03月28日土曜日


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