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さよなら「釜石製鉄所」 80余年の歴史、途切れる

新名称「東日本製鉄所」に変わった工場外壁の表示

 国内最古の製鉄所として日本の産業発展を支えた「釜石製鉄所」の名称が消えた。釜石市の日本製鉄釜石製鉄所は1日、組織再編に伴い「東日本製鉄所釜石地区」となった。
 釜石製鉄所は鹿島製鉄所(茨城県鹿嶋市)、君津製鉄所(千葉県君津市など)、直江津製造所(新潟県上越市)と統合し、東日本製鉄所に一体化した。同社は「人的資源、技術を結集し、『つくる力』の再構築を図る」と説明する。
 釜石地区では門の看板や工場外壁の表示が新名称に改まった。線材の製造拠点としての事業内容に変わりはないが、市民からは長年親しんだ「釜鉄」の名称変更を惜しむ声が上がった。
 1960年代から80年代にかけて高炉の整備を担う協力企業の幹部だった今野光宏さん(77)は「合理化は時の流れで仕方ないが、市民の誇り、郷土愛がこもる名前だけに寂しい」と残念がる。
 ラグビー日本選手権7連覇、都市対抗野球準優勝。釜石製鉄所の名はスポーツでも輝いた。写真家の藤枝宏さん(62)は「心の支えだった。由緒ある名前が途切れ、東日本製鉄所でひとくくりになるのはすごいショック」と話す。
 釜石製鉄所は1880年に操業を開始した官営釜石製鉄所が起源。釜石鉱山田中製鉄所、田中鉱山釜石鉱業所、釜石鉱山釜石鉱業所を経て、1934年、日本製鉄(戦後解体)釜石製鉄所となった。その後、富士製鉄、新日鉄など社名は変わっても90年近く釜石製鉄所の名称が使われ続けた。
 従業員数のピークは戦時中を除くと62年度の8647人だった。高炉休止など合理化による減少で、1日現在は276人。
 東日本製鉄所の米田寛副所長釜石地区代表は「名前は変わるが、果たすべき役割に変わりはない。地域と共に歩み、発展していく存在であり続けることを目指して日々の操業に取り組む」とコメントした。


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2020年04月02日木曜日


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