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「令和の鐘」打ち始め 伊達騒動ゆかりの鐘 350年ぶり鋳造 宮城・涌谷

令和の鐘の打ち始めを祝った法要

 宮城県涌谷町の箟岳山箟峯(こんぽう)寺の釣り鐘「令和の鐘」が今月、新調された。以前の釣り鐘は350年前の寛文年間に鋳造されたとされ、「寛文の鐘」の愛称で親しまれた。19日に令和の鐘の掛け替えと打ち始めを祝う開音法要があった。
 令和の鐘は縦1.5メートル、重さ600キロ。表面には東日本大震災の犠牲者を慰霊する銘文が刻まれている。
 釣り鐘の国内トップメーカー、老子(おいご)製作所(富山県高岡市)に製造を依頼し、完成に約2年かかった。製造費は2000万円。
 寛文の鐘は、伊達騒動(寛文事件)で刺殺された涌谷伊達家当主、伊達宗重(1615〜71年)の供養のため、子の宗元が箟峯寺に寄進したと伝わる。
 老朽化に伴い、寺は新調を決めた。今年は宗重の没後350年と770(宝亀元)年の箟峯寺開山から1250年に当たり、節目に関連付けて掛け替えた。寛文の鐘は敷地内に建てたほこらで保存される。
 開音法要には住職や檀家ら約30人が参加し、新型コロナウイルスの終息も祈願された。佐々木了章貫主(81)は「鐘は静かに突き、先祖へ感謝しながら余韻を供える。鐘の完成とともに世界が平和になってほしい」と話した。
 涌谷町では宗重の没後350年にちなんだ事業が企画され、箟峯寺開山1250年特別御開帳などを今月行う予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大で中止や延期となった。


2020年04月20日月曜日


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