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木彫り像2万2000体達成 角田の元刑事、震災犠牲者の命の重み形に

鎮魂の木彫り像を眺める大沼さん。目標の2万体超を達成した
土間に並ぶ木像

 東日本大震災の犠牲者約2万2000人を慰霊しようと宮城県角田市高倉の大沼敏修さん(70)が彫刻刀を振るい続け、同じ数の木像を完成させた。宮城県警の元刑事。現職時代から感じていた命の重みを形にした。手の痛みに耐え、昨年10月に地域を襲った台風19号豪雨も乗り越え、鎮魂の思いを貫いた。

 木像は1センチ弱ほどの小さなものから1メートル以上の大作まである。いずれも観音様や聖母をかたどった。完成品が自宅の土間の壁一面を埋めているほか、裏山の散策路沿いにも設置している。
 彫り始めたのは震災間もない2011年4月。目標数は死者、行方不明者、関連死を含む犠牲者数に合わせた。「津波で家を失い、お盆に帰る場所がない魂が寄る場になれば」と今年の夏を達成時期に定めた。
 新型コロナウイルスの感染拡大を受けて「自分が倒れる前に」と作業を急ぎ、ヒノキやカヤなどを素材に連日20体以上を制作した。彫刻刀を握る右腕は疲れ、木を持つ左手も腱鞘炎(けんしょうえん)で悲鳴を上げた。それでも「気力が続く限り」と木に祈りを込め、4月に入って目標に達した。
 台風19号では庭に水が押し寄せ、木像が大量に流出した。近隣で見つかった分を集め、裏山に戻した。
 38年以上刑事として働いた。殺人事件の捜査中に踏んだ松の枝が子を抱く母親の形に見え、被害者を慰霊しようと木彫りを始めた。失われた魂と向き合うほど、命を貴ぶ気持ちが強まった。
 震災は定年退職の1年後。今度は裏山の折れた竹の根元が観音様に見え、再び彫刻刀を握った。
 当初2万体は目標になかった。3000体を前にした5年前の夏、木像を見に訪れたいわき市の夫婦が「2万体、彫らないのですか」と口にした。娘が津波で行方不明という。大沼さんは「その言葉が頭を離れなかった」と振り返る。
 大切な存在を失った遺族らの思いにも背中を押され、目標数に届いた。大沼さんは「毎日が3.11の気持ちで取り組んだ。まずは手を休ませてあげたい」と充実感を漂わせた。
 木像は希望者に公開していたが、新型コロナ対策のため現在は休止している。


2020年04月27日月曜日


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