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「長かった」「交流を力に」 宮城のプレハブ仮設、入居者ゼロに

石巻市内に建設された県内最大規模のプレハブ仮設住宅団地。震災から10年目で県内の入居者はゼロとなった=2012年5月

 東日本大震災の被災地に建てられた宮城県内のプレハブ仮設住宅の入居者が28日、ゼロとなった。長期間の避難生活を経験した被災者は、仮設解消に要した9年余りの歳月を「想像以上に長かった」と振り返り、「仮設で築いた住民のつながりを地域づくりに生かしたい」と先を見据えた。
 名取市の愛島東部仮設住宅団地で同日、県内最後の入居世帯が鍵を返却した。同団地で2017年夏まで暮らし、名取市閖上に自宅を再建した水道設備業の長沼俊幸さん(57)は「被災者がそれぞれの場所に落ち着けたことは喜ばしい」と感慨深げに話した。
 市内には8団地910戸が整備され、ピーク時の11年10月末に780世帯(2013人)が暮らした。長沼さんは震災10年目まで続いた被災者の仮設入居について「長過ぎたと思う」と述べた一方、「仮設団地で住民同士が協力し合った経験が、現在の地域コミュニティーづくりに生かされている面もある」と指摘した。
 「住む場所があるだけで天国だった。税金が使われたと思うと、感謝の気持ちしかない」と振り返ったのは、南三陸町志津川で居酒屋を営む三浦達也さん(52)。震災の津波で住まいを失い、18年11月まで町内のプレハブ仮設で暮らした。「家の中にカメムシが出て手を焼いたこともあった」と思い出を語った。
 不満を抱いた人もいる。石巻市の災害公営住宅で暮らす70代の無職男性は今年1月、市内のプレハブ仮設で最後の退去者となった。仮設団地の集約化で別の仮設への転居を強いられた経験もあり、「解消に9年以上もかかるのはおかしい。行政が先々を見通して対応できなかったからではないか」と苦言を呈した。
 村井嘉浩知事は「非常に大きな節目。被災者の皆さんには不便をかけたが、ついのすみかに移ることになり、本当に良かった」とコメントした。


2020年04月29日水曜日


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