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9月入学制導入 前川氏「今じゃない」、尾木ママ「踏み出す時」

前川喜平氏(まえかわ・きへい)東大法学部卒。1979年、文部省(当時)入省。86年9月から2年間、宮城県教委に出向した。2013年の石巻市大川小事故検証委員会発足時、官房長兼子ども安全対策支援室長。16年6月事務次官就任。17年1月退官。奈良県出身。65歳。
尾木直樹氏(おぎ・なおき)早大教育学部卒。東京都内の私立高、公立中の教諭を経て1994年に臨床教育研究所「虹」を設立。2004年4月法政大教授、12年4月に同大教職課程センター長就任。19年9月同大名誉教授。「尾木ママ」の愛称で知られる。滋賀県出身。73歳。

 新型コロナウイルスの流行を抑えるため、小中高校などで取られた一斉休校の措置を機に「9月入学制」の導入を巡る議論が巻き起こっている。政府が方向性を示す6月上旬を前に、賛成、反対を唱える専門家に実現の可能性やその理由を聞いた。(東京支社編集部)

◎課題山積「今じゃない」 元文科次官 前川喜平氏

 白紙から考えれば国際化などの利点があり、入学は4月より9月の方が良いとの立場だ。本当に実現しようとするならば国民の理解が不可欠だし、時間とお金も必要になる。新型コロナの対策に追われる中、議論は今じゃない。
 義務教育への導入はそう簡単ではない。学校教育法上、4月1日時点で6歳の子が小学校に入る。そのまま9月入学に移ると、初年度は6歳0カ月から7歳5カ月までの児童が混在する。生まれた時期がこれだけ違う発達段階の子を一緒にするのはむちゃだ。
 一時的に増える児童に対応するため、教員や教室の手当ても要る。9月の誕生日を境に学年が異なると、幼稚園や保育所で同じクラスの子どもを分断する。親が望んでいるとは思えない。
 インターネット上で、9月入学制導入を求める署名活動を始めた高校生たちの気持ちは受け止める必要がある。大学受験などを控え、不安は理解できる。既に自由化された大学の9月入学枠を広げたり、1月の大学入学共通テストを7月にも実施したりする対応はできる。高校の在学期間を延ばす特例措置も可能だ。
 保育所や幼稚園、小中学校まで巻き込む話ではない。学校の再開状況も各地で異なり、全国一律の9月入学はナンセンス。まずは学習権保障の方策を考えるべきだ。導入を主張する政治家は、有権者の耳目を引く道具に使っているのではないか。
 安易に休校し、大きな損失が生じた。特に小学校低学年は今という時間が大事で取り返しがつかない。休校するかどうか、もっと厳密に考える必要があった。科学的根拠を見いだせないなら、感染防止の措置を万全に取った上で再開すべきだ。休校を続けるなら、オンライン授業の設備を優先的に導入してほしい。
 文部科学省は9月入学を必死で止めるはずだ。私が文科事務次官なら、大学の9月入学枠拡大など「やった感」を出しつつ、デメリットを最小化する。それこそソーシャル・ディスタンス(社会的距離)を確保するため、30人学級を進めてはどうか。教室の人数が減れば子ども同士の距離を取ることができる。新型コロナ対策のレガシー(遺産)にもつながる。

◎「教育復興」踏み出す時 教育評論家 尾木直樹氏

 本年度を来年8月まで延長し、「9月入学」「9月新学期」を実現すべきだ。現行制度で突き進んだ場合、最も被害を受けるのは大学入試を控える高校3年生。特に地方は学力低下が著しく、このままでは試験の公平性が担保できない。
 一斉休校から約1週間でオンライン授業に切り替えた首都圏の私立高と違い、地方の公立高はいまだにプリント配布が続く。来年1月の大学入学共通テストを待たずに、勝負は決したと言っていい。全国高校総合体育大会(インターハイ)や修学旅行の機会も奪い、3月に無理やり卒業させるのは教育虐待だろう。
 卒業を延ばせば授業料がかさみ家庭の負担が増すとの懸念があるが、資金面の課題は「超」が付くほど簡単だ。教育を無償化すれば済む。欧州の大学は授業料が無料で、アルバイトで学費を稼ぐ学生がいる日本のような国は珍しい。
 就職も4月にこだわらず、通年採用にしてはどうか。早く稼ぎたい学生は卒業を待たずに4月から働き、8月の卒業式だけ有給休暇を取って出席すればいい。実際、大学4年生の後半は講義を欠席し、内定先の研修を優先する事例は多い。
 そもそも習熟度にかかわらず、1年が過ぎれば自動的に学年が上がる「玉突き進級」を疑いたい。経済協力開発機構(OECD)の調査では、大学入学の年齢は日本が平均18歳なのに対し、先進35カ国の平均は22歳。他国では高校卒業後、世界旅行やインターンシップを経て自分の進む道を見つけてから進学するのが常識だ。
 偏差値の高い大学へ進学し、ブランド力がある企業に就職する風潮は正しいのか。就職後、約3割の新入社員が「自分には向いていない」とギャップを感じ、3年以内に離職する。「今の若者はこらえ性がない」と言われるが、このような課題を抱えたままの社会の流れに疑問を持つべきだ。
 9月入学はグローバル化にも適応する。留学のハードルが下がるほか、海外から優秀な学生を呼び込める。国内外で大学教授の交換もしやすくなり、学生が幅広く恩恵を享受できる。改革はたやすくないが、以前の様式に戻る「復旧」ではなく、「教育の復興」に踏み出すべき時だろう。


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2020年05月18日月曜日


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