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「コロナ後」識者に聞く 消えた幻想変革の好機/作家・僧侶 玄侑宗久氏

マスク姿の通勤者らを背景に、県外客の規制ゲート(左上)と休業を求める貼り紙(左下)、ドラッグストア店頭の在庫案内のコラージュ
<げんゆう・そうきゅう>慶大文学部卒。福島県三春町の福聚寺住職。2001年「中陰の花」で芥川賞、14年「光の山」で芸術選奨文部科学大臣賞。政府の東日本大震災復興構想会議委員を務めた。近刊に「なりゆきを生きる」。三春町出身。64歳。

 今年の干支(えと)は庚子(かのえね)で、物事が更新され、改まる年とされる。新型コロナウイルスの感染拡大までは東京五輪・パラリンピックの開催を控え、この国は一種のお祭りムードで落ち着きがなかった。浮かれ騒ぎ、経済的な欲望が狂奔していたが一掃された。内部からの変化が難しかった状況で、外部から来たウイルスが根底から更新したと感じる。
 命を保つことが最優先になれば、余計だったものがふるい落とされ、残るべきものだけが残る。感染症は人類最大の敵だと思うと同時に、右肩上がりの幻想から目を覚まさせてくれ、物事を落ち着いて考える時間がもたらされた点は「悪いことばかりではないな」と思う。
 感染者と家族、他県ナンバーの車などへの嫌がらせや差別が各地で生じたのは残念だ。東京電力福島第1原発事故後に福島県民や県産品に起きた偏見や差別は福島という限られた属性に対するものだった。新型コロナは全ての人の感染を疑わなければ防疫が成り立たず、結果的に誰もが差別の対象になり得る。好ましいことではないが、ある意味で平等と言える。
 医療関係者や宅配業者、スーパー従業員らへの偏見も存在する。それらの人々は「エッセンシャルワーカー」と称されるが、社会生活を支える不可欠な人々という概念が日本社会に希薄だったのだろう。だから、しっかりした訳語がない。かつては障子1枚に仕切られ、会話がほぼ筒抜けだった日本に「プライバシー」の決定的な訳語がないのと同じだ。
 外出する人や営業する店を過度に批判したり嫌がらせしたりする「自粛警察」は、強制でなく自粛への協力要請だからこそ現れた。人がする自粛には本来個人差があるが、それを一律に比較している。自粛要請にとどめてもどかしい国に代わり、正義感に日頃の鬱屈(うっくつ)した思いが加わった結果の行動だと思う。相互監視と同調圧力で自粛が保たれてきたとすれば、ちょっと怖い。
 感染症の初期には極端な反応が起きがちだが、感染防止のための他人との距離も安全を確保しつつ歩み寄り、両者が納得する距離感が次第にできてくるだろう。亡くなった感染者の遺体はすぐに納体袋に入れて密封し、お別れもできないが、遺体からは感染しないとする専門家もいる。さまざまな「行き過ぎ」が今後は矯正されていくのではないか。そうした揺り戻しがないと、感染症との闘いは長く続けられない。

 日本の歴史は感染症と共にある。源氏物語の主人公、光源氏がかかった「おこり」はマラリアのことだし、平清盛もマラリアで亡くなったと推測される。幕末の攘夷(じょうい)思想は、外国で当時まん延していたコレラの予防も背景の一つだった。
 現世代が初めて体験する世界的な感染症は世の中を確実に変えるだろう。「コロナ前」に戻るだけでは意味が無い。多くの問題を抱え行き詰まっていた局面を更新し、変革を促す大きなチャンスと捉えたい。


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2020年06月03日水曜日


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