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宮城県沖地震きょう42年 コロナ禍、遠隔での災害対応検証

1階部分が崩れ、ぺしゃんこになったビル=仙台市苦竹、1978(昭和53)年6月12日

 28人が犠牲になった1978年6月の宮城県沖地震は12日、発生から42年を迎えた。新型コロナウイルスの流行を見据え、同日実施される県総合防災訓練では関係機関が遠隔地から参加する。初動や避難所運営など、災害対応のあらゆる場面で感染症対策を迫られている。
 「みやぎ県民防災の日」の総合防災訓練は県職員約360人が図上訓練に臨み、自衛隊など33機関の約80人が遠隔で参加する。大地震と大津波、豪雨災害の複合災害を想定し、電話や電子メールといった通常の連絡手段に加え、ウェブ会議を導入して情報交換する。
 近年の訓練は市町村などと連動し、3000人規模で実施してきた。新型コロナの感染拡大を受け、今回は態勢を大幅に変更。ウイルスがまん延し、関係機関が参集できない状況に備え、リモートによる災害対応を検証する。
 新型コロナの影響は大きく、6月に防災訓練を予定していた県内18自治体のうち16自治体が中止や延期を決めた。仙台市は机の下に入って身を守る「シェイクアウト訓練」を家庭や職場で12日午前に実施するよう呼び掛けるなど、多くの自治体が住民に防災・減災の自主的な取り組みを促す。
 新型コロナ禍の災害対応を巡っては、国が「3密」を防ぐために避難所の増設を都道府県に通知。マスクや消毒液、間仕切りの備蓄を進めるなど対策を急いでいる。

[宮城県沖地震]1978年6月12日午後5時14分ごろに発生。宮城県沖の深さ40キロを震源とし、マグニチュードは7.4。当時の基準で震度5(現在の5強、5弱に相当)を大船渡、仙台、石巻、新庄、福島の各市で記録した。津波警報も発令され、仙台港で30センチを観測。死者は28人(宮城県27人、福島県1人)。このうち18人はブロック塀や石塀の倒壊などによる圧死。負傷者は宮城県内を中心に1万人を超えた。約7500戸の住宅が全半壊し、国が81年に建物やブロック塀の耐震基準を見直す契機となった。


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2020年06月12日金曜日


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